Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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神経疾患の緩和ケアではコミュニケーション能力が問われる

2019年06月09日 | 医学と医療
NHKスペシャルの多系統萎縮症患者さんの安楽死(正確には自殺幇助)の番組は「神経疾患の緩和ケア」の意義を改めて考えさせるものであった.その背景には,世界で初めて安楽死を合法化したオランダを例にとっても「安楽死は苦しみをなくしたり和らげたりするために八方手をつくしても,なくならない苦痛に対する緊急避難として認められてきた」ということがある.つまり安楽死の決断の前に,神経疾患に伴う苦しみを克服するための手立て(医療的な緩和ケアから保健福祉政策まで)を徹底的に追求することが求められる.このため多くの医療者は,今回の事例において自分たちが行う神経疾患緩和ケアが無力だったのかと動揺したのである.
では神経疾患緩和ケアとは何なのか?例えばがんの緩和ケアと何が違い,何が求められているのか?最近,Neurology誌に,米国における神経疾患とがんの緩和ケアの違いを分析し,神経疾患緩和ケアの目的,求められるスキルを議論した研究が報告されたのでご紹介したい.

【緩和ケアは終末期に開始するものではない】
まず緩和ケアの基本から始めたい.WHO(世界保健機構2002)によると緩和ケアは次のように定義される.「生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して,疾患の早期より痛み,身体的問題,心理社会的問題,スピリチュアルな問題に関してきちんとした評価をおこない,それが障害とならないように予防したり対処したりすることで,クオリティー・オブ・ライフを改善するためのアプローチである」
つまり,緩和ケアというとホスピス,つまりがんの終末期における苦痛を,チームを組んでケアしていこうという取り組みを思い浮かべるが,本来の意味は発症早期からのすべての時期に,痛みのみならず患者さんが抱えるすべての苦痛に対して提供されるべきものである.よって発症早期から必要となるため,緩和ケア専門医にだけに任せるものではない.

【米国では神経疾患緩和ケアは独立したサブスペシャリティーである】
米国では,神経疾患はがんに次いで2番目に入院患者における緩和ケアのコンサルトが多く,すでに神経疾患緩和ケアが緩和ケアの一つのサブスペシャリティーとして確立されつつある(Robinson MT. Neurology 2014).この点は日本より先進的である.
また神経疾患緩和ケアの担当範囲は広く,脳卒中や頭部外傷,無酸素脳症のような緊急入院後に必要となる場合がある一方,神経難病に合併する肺炎のように慢性疾患に伴う合併症のための入院後に必要となる場合もある.前者では事前のAdvanced Care Planning(ACP)がなされていないことが多く,後者ではACPが行われている事例が増える.
米国では緩和ケアを受けた神経疾患患者のうち多数が病院において死亡すると記載されている.これは急性疾患,慢性疾患のいずれにも当てはまるらしい.不思議だなと思い調べると,この理由は緩和ケアの目的の一つが「治療のゴールの決定」があり,その選択肢として生命維持治療の中止があり,その結果死亡に至る症例があるのだ.

【研究の目的と方法】
今回紹介する研究であるが,その目的は米国の多施設のデータを使用し,神経疾患とがんの緩和ケア・コンサルテーションの違いを明らかにすることである.方法は前方視的なコホート研究で,米国の11の州の78の緩和ケアチームにより構成されるPalliative Care Quality Network(PCQN)のデータベース(期間:2013年1月~2016年12月)を使用している.患者数はがん23315名,神経疾患7095名が含まれ,頻度はそれぞれ1位,2位を占める.患者情報,コンサルトの理由,事前指示書の有無,症状の有無,ケアの転帰,緩和医療行動スケール(PPS)値を比較した.PPSは機能状態と生命予後の予測に使用されるスケールである.

【神経疾患緩和ケアはがんにおけるケアと大きく異なる】
さて結果であるが,神経疾患群は,がん群と比較して有意に高齢で(平均75歳),集中治療後が多く(60%),77%の患者が事前指示書はなく,65%の患者がコミュニケーション困難で,機能障害も重篤であった.予後も不良で,31%が病院で死亡し,39%はホスピスに転院した.またコンサルテーションの理由の3/4以上が,ケアのゴールを明らかにすることであった.神経疾患群とがん群のコンサルテーション理由に関する調整オッズ比(ロジスティック回帰分析)は以下の通りであった.

ケアのゴールないしAdvanced Care Planning 1.1(1.0-1.2)
痛みや他の症状に対するマネジメント  0.3(0.2-0.3)
ホスピスへの紹介の議論  0.8(0.7-0.8)
緩和療法のみ(comfort measures only),生命維持治療中止  2.4(2.1-2.8)

【神経疾患緩和ケアでは適切なコミュニケーション能力が重要である】
結論としては,神経疾患に対する緩和ケアはとがんと明確に異なるということである.神経疾患群で最も期待される目的は「ケアのゴール決定」であった.そしてケアのゴールの決定に必要なものは,適切なコミュニケーション能力である.患者さんの価値観を理解し,適切なゴールに向けて議論できるようになることは神経疾患に関わる者が学ぶべき重要なスキルと言える.よって患者さんとの適切なコミュニケーション・スキルを教えることは極めて重要な教育課題である.

【神経疾患緩和ケアでは訴えることのできない患者さんの苦痛を読み取る能力が重要である】
痛みや疾患に伴うその他の症状への対処はホスピスにおいては重要であるが,神経疾患における緩和ケアではコンサルテーションの理由に挙げられることは少ない.これはそれらが少ないのではなく,訴えられないために,治療が十分に行われていない可能性がある.すなわち痛みや症状を訴えられない患者さんの苦痛を読み取るための徴候について学ぶ必要がある.ちなみに小児のおける緩和ケアでも重要なテーマとなっており,評価スケールの開発が行われている.

【研究の問題点と今後の課題】
本研究の問題点は,データベースに患者の詳しい診断の情報がないことと,2つの重要な疾患カテゴリーである認知症と神経腫瘍が除外されていることである.
しかし本研究の重要さは,疑問に答えることではなく,取り組むべき問題点は何かを明らかにすることである.例えば,誰が神経疾患入院患者の緩和ケアを行うべきか?もし神経内科医であれば,どのような場面で緩和ケアの専門医に紹介すべきか?神経疾患患者に特化した緩和ケアの必要性を評価する新しいスケールが必要か?神経疾患緩和ケアは患者の予後を改善するのか?緩和ケア専門家によってなされる緩和ケアは神経内科医によってなされるものと異なるか?といった疑問である.

【おわりに】
冒頭に安楽死の決断の前に神経疾患緩和ケアが徹底的になされる必要があると記載したが,神経疾患緩和ケアで求められることは,ケアのゴール決定に向けた患者の意向を十分に引き出すpatient-centered communication skillであるということになる.これにその時点で利用できるエビデンスを提示できる能力を加えた方針決定のあり方は,いわゆるshared decision making(SDM)である.つまり脳神経内科医に求められる神経緩和ケアのスキルはSDMなのかもしれない.

Taylor BL et al. Inpatients with neurologic disease referred for palliative care consultation. Neurology 2019;92:e1975-e1981.

安楽死・尊厳死の現在-最終段階の医療と自己決定 (中公新書)





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