野球で培った分析力 ラグビー・稲垣啓太(下)
今も少年のままなのかもしれない。ラグビー日本代表、稲垣啓太という人間の大枠は20年前から同じだ。
186センチ、116キロの堂々たる体。実は中学1年からこのサイズだ。ぜい肉が筋肉に一変はしたが「当時の服も着られると思う」。
選手としての向上心、頭の働かせ方も新潟の野球少年時代にほぼ完成していた。「試合前の準備が大切だとその頃から分かっていた。全体練習しかしなかった時は結果が出ず、やるべきことを見つけて取り組んだ時はいい結果だった。ちゃんと準備するスタイルは小学校から変わらない」
毎回の試合までに何本バットを振ると決め、実行する。数をこなすだけではない。夜、自宅の庭でロウソクに火をともす。内角高め、外角低めなど投球のコースを想定。その場所にロウソクを立てる。炎をボールとみなして300スイング。最後の一振りで火を消す。「小学1年の時からやっていた」鍛錬だ。
捕手だった中学時代、配球や打者のしぐさを毎日、書き留めるところから始まったノートは、プロラグビー選手の今も書き続ける。
反対に、生兵法は厳に慎む。タックルされながら球をつなぐ「オフロード」と呼ばれるパス。手の小さい日本人は苦手だが、好機につながりやすく、日本のジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチは奨励している。しかし「僕はオフロードはやらない」と稲垣。「まだいける実感がない。僕は練習でできないことは絶対に試合ではやらない」
■大学時代、講演で磨いた言語化する力
定評がある試合中の的確な指示も、実戦投入までに月日を重ねた。発端は関東学院大時代。当時のラグビー部長、春口広の講演にたびたび同行し、千人の聴衆の前でスピーチを任された。一時代を築いた名将の計らいで、思考を言語化する力がまず磨かれた。
2013年にパナソニック入部。代表の主柱でもある堀江翔太の背中を見て、試合中に短時間で伝えるという一段上の挑戦も始まった。「最初は指示することに意識が行きすぎて、自分のポジショニングが遅れることもあった」。手応えを得たのは15年ワールドカップ(W杯)前。本番は全試合で指示力を存分に発揮、日本の3勝に貢献した。
いま、稲垣の発言力はさらに増している。試合後は稲垣の解説を求めて報道陣が列をなす。秋のW杯では、多くの人がその言葉でラグビーの深淵に触れるだろう。本人はごくあっさりと「準備してやることをやるだけ」。自国開催の大舞台でも、この涼しい顔はおそらく変わらない。=敬称略
(谷口誠)