時事問題の深層2000/12-2001/9

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相馬私局(小林) a private channel in soma-gun
(近況報告ー日記)
小林勇一 感想はこちら

インターネットの広がりの意味(乳神、第六天)
キプロスの悲劇
石の貨幣
城の美学
政治と宗教(神への怖れ)(1)
政治と宗教(2)5月9日
権力機構から排除されるアウトサイダー5月16日
人間の愚かさ(20世紀科学技術時代の悲劇)
混乱からコスモスへ
遊牧民の厳しさ
人間の幸福の在り処 
ギリシャの多様性   
グローバリザーションの影の部分
過去になる郵便 8月6日
靖国神社参拝の是非(政教分離問題)
国民主権の意味 8月18日
現代の妖怪(メデアが育む妖怪
海を制するものは世界を制する
テロの背後にあるもの9月12日
アフガニスタンの悲惨な状況 9月17日
中世世界の残存(イスラムの挑戦)9月18日
アフガニスタンの悲惨な状況(2)9月19日



インターネットの広がりの意味(乳神、第六天)

冬の俳句にのせた乳神の碑に疑問を持った。そこで乳神とは何かインターネットで探したら乳神に関する伝説をのせて解説するホームページがあった。乳神はここだけのものではない、全国にあるものなのだ。最初パソコン通信時代の時わからなかったので百科事典とのように通信の中を考えていた。それが生きた百科事典的になっている。インターネットにはいろいろな要素がありそれだけではない、ただ何かを調べようとするとき即座に乳神だったら乳神のことがいろいろ調べられると便利だ。驚いたのは私の町の中にある第六天という小祠である。これは大和朝廷に征服されたとき反抗して殺された地元の蝦夷を供養し祭るものだと聞いていたのでここにしかないものだと思っていたのだ。さにあらずさにあらず第六天は地名にも神社にも様々に残っている。第六天の魔王とは仏に逆らう最大の魔王だがそれも変遷して祭られるようになった。その後の歴史も複雑だった。それについての本を書いた人がをりその本を直接送ってもらった。その本は買うことができる。乳神にしてもそれに対する知識がインターネットの探索で結びつき広がる。乳神であれ第六天であれここにしかないと思ったものが全国にあり乳神ネットワーク、第六天ネットワークがインターネットのなかで形成される。もしこうしたことを詳細に調べると学者に匹敵するものができるかもしれない。これらの碑の実際の分布図を作るだけで研究成果を残したことになるしそれをインターネットのネットワークでできたら手間がかからないのだ。

これらの知識を深めたい人は

椿井大塚山古墳から出土した鏡の種類

画 文 帯 環 状
乳 神 獣 鏡

この乳 神 獣 鏡の意味はわからない

金吾(かなご)の乳神さま


http://ww3.tiki.ne.jp/~marume/mukasi/titigami.htm

これは面白いし読むべきだ

「おっぱいまつり」


 毎年8月14日に本町の古事(乳神伝説)にちなんで、開催される。女性ねぶた、男性ねぶた、女性御輿、男性御輿等の運行をはじめ、「おっぱい」にかかわるいろいろなアトラクションが盛りだくさんです。

 知内公園内の姥杉は雷公神社の祖、了徳院重一の妻玉之江を祭ると伝えられる社樹齢700年余りの杉の木の御神体で、根元近くに乳房に似た瘤があります。古くから乳不足の婦人が洗米を献じて授乳祈願したあと、その米を持ち帰り粥にして食べると必ず乳が出るようになったことから、乳神(ちちがみ)と呼ばれるようになりました


「サマーカーニバル・イン・知内」
 毎年8月15日に本町出身の演歌歌手北島三郎を迎え、北島軍団歌謡ショーやアトラクション、ゲートボール大会、パークゴルフ大会等を開催します。

上磯郡知内町字元町103-2 01392-5-2323
道の駅「しりうち」 上磯郡知内町字湯の里48-13



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こんな会話が偶然でてきた


ひとつ気がかりなのは…
おっぱいが張りにくくなってきたことだ…
このままおっぱいが出にくくなって
断乳、になるのだろうか。
不本意な断乳、悔しい。
昨晩は一応マグマグに母乳をしぼって置いてきたが
娘は飲んでくれたんだろうか。
よく寝ただろうか。

病院へ行く途中で搾乳器を購入。
いまっさら、なんでこんなの買わなきゃならないんだろう。
(新生児の頃使うことが多い)
また神様を呪いまくる。

病院に着いたら、娘のベッドが別の大部屋に移動していた。
看護婦さんから様子を聞く。
昨夜はママを恋しがって号泣し、ほとんど寝ていないらしい。
看護婦さんもほとほと手を焼いた感じだった。
「おしゃぶり」を使ったことがなかったので
(私は必要ないと考えている。おしゃぶりって、どうも口に栓してるとしか思えない。
おしゃぶりくわえるくらいならおっぱいくわえてどんどん吸ってくれ、というポリシーなのだ)
うちの娘に関しては、泣きやませる手だては生のおっぱいだけ。
マグマグ入り母乳もほとんど飲まなかった。
やはりあの「チュパチュパ感」は何者にも代え難いらしい。
病院食もおかゆと少しの果物しか口にしていない。
なるほど、会っておっぱいをやると1時間はくわえっぱなしだった。

…母乳育児が裏目に出たと思った。


以下は青山さおり個人の考え。
*断乳 「この日から、おっぱいとバイバイね」と子供と約束する。
     この後子供が泣こうがわめこうが、絶対あげない。
     約束が反故になるから。
     母子にとっては非常につらい試練だが
     乗り越えたとき、子供はひとつ大人になるし
     親も約束を守ってくれたという信頼ができる。
     …らしい。
*卒乳 文字通り、おっぱいからの卒業。
     「もうおっぱいはいらないね」というタイミングが
     母子共にわかる。
     …らしい。青山はこっち。
断乳と卒乳、どちらが正しいとは言えません。
....................................................
この文は無断拝借だが著作権侵害にはならないと思いのせた、乳神の伝説は自分で聞いて編集したらしく著作権がある。創造的なものがあると思えるからだ

他にも乳にまつわる話は多いのかもしれない、乳は子供の生命に欠かせないもので
その悩みは深刻だった、牛乳がない時代が長かったからだ



キプロスの悲劇

キプロスの名と由来はどこに
CYPROUS(cyprus)糸杉と銅の国(copper)と
地中海の要衝に位置しその歴史も古りし
糸杉はレバノン杉と同じくエジプトの船の材に
ローマの劇場跡やここにもローマは語りぬ
その山中深くギリシャ正教の教会
古りたる石のごとくにありぬ
イコンを守りて民の祈りはつづく
しかしここに獅子心王と名をはせし
十字軍のイギリスのリチャード王
そのこもりし城の城壁は海を望みて古りぬ
東方に富と知識と技芸豊かなり
そを果敢に奪い取れ
十字軍の要塞は各地に作られぬ
これにイスラムの英雄起こりて駆逐せり
キリスト教とイスラムの熾烈な戦いは今もつづく
マルタにロードスにシリアにイスラエルに・・・・
十字軍の基地は聖地エレサレムを包囲する
その後大英帝国はマルタをキプロスを手中にし
エジプトのスエズ運河の利権を得る
しばし船の寄港地として立ち寄りて
手にせしはイギリスのコインなり
エジプトの金はエジプトポンドなり
大英帝国の威光は砂漠に沈むピラミッドまで及ぶ

  英国の老夫婦

・・・・・・・・・・・・・・・・・
エジプトのカイロに観光の英国の老夫婦
スカラベの像を回れば結婚相手の見つかり
幸福になるとガイドの言えども
[もう私たちは結婚しています]
まさしく年老いたる老夫婦にその必要なし
歳月は遥かに流れさりもはや死を待つのみ
ピラミッドのミイラの威厳もて迎えるや
「あなたがたのこの世の時間は尽きました
あとはミイラになるだけです。そしてこの世での
行状を神は秤にかけてふるい分けるのです」
「ああ そいうことか、私達に残されたことは
・・・・・・・・・・・・・・・・」
ただ愕然と悄然と佇むのみ
ああ なべての栄光は過去となるのみ
その老夫婦はすでに冥界にある
二人の来しは墓場なりしも

この後オスマントルコの拡大や席巻や
キプロスは分断されて歴史の悲しみをつづる
イコンのキリストの目はえぐられ白くされ
イギリス兵は独立を弾圧するため教会を破壊す
ここは昔より地中海の要衝の島
それ故に大国の攻めぎあいの場
歴史の傷痕はここに深く刻まれぬ
ああ 今地中海に春の風はそよぎ船はわたりゆく
花は咲き旅人はしばしよりて昔を偲びぬ

世界遺産のキプロスを扱ったのが先日放送された.キプロスの悲劇は小国家の悲劇である。大国に挟まれた国はそうなりやすい、そして何故そうした小国が存在するかというと大国の思惑で権力の綱引きでそうなる。ベルギーとか朝鮮とか台湾とかベトナムとかも一時そうなった。そもそもクエートという国はアメリカなしでは存在しえない、おそらく韓国にあった任那(みまな)という国はクエートととにていた。というのはかやの国の任那は鉄の産地であり一時鉄の延べ板が貨幣と同じ役割をはたしていたのだ。つまり石油だったのだ。そもそもなぜアルジェリアのようなところまで日本人が行ってるのかわからなかったが石油がとれるということで結構日本人が行っていたのである。フランス語の通訳する日本人とかいろんな人が行っていた。キプロスもまた地中海の要衝にあり銅とか船の材の糸杉の産地だった。copperというのは地名であり銅の意味ではない、そこに銅がとれるので名ずけられた。アルゼンチンなども銀の意味だそうだから類似のものだろう。レバノン杉が船の材として切り取られたように木材の産地だった.

 それ以上にここが中東とヨ−ロッパ圏の境にあり軍事的にも重要なポイントになった。中東ににらみをきかすにはいいのでナトーや日本の自衛隊の幹部もここに派遣されていたのだ。アジアににらみをきかす沖縄と同じように位置的に重要な島であった。ここの悲劇が台湾や朝鮮と良く似ているのだ。大国の綱引きの場となる故そうなるのだ。ギリシャとトルコとの敵対するというより背後に大国がからんでいるため分断されるのである。ヨ−ロッパの十字軍の基地がマルタやロードス島やキプロスに置かれた図式が現代に反映しているから歴史と言うのは連続性の内になりったているのがわかる。十字軍の基地がシリアやイスラエルにもありイスラム圏とヨ−ロッパ圏の争いは長いのである。トルコはそのなかでEU加盟に熱心なように中間地帯になってきた。三国志の権力争いも大国が二つではうまくいかないので三国で平和保つ政策で権力を拮抗させる現実的解決方法を目指したのだ。こうした小国はかえって歴史を凝集して残しているので各国の興亡を狭い地域に残すので注目されるのである。イタリアのシチリアなどヨ−ロッパの歴史を重層的に地層のように残していることがNHKの放送でわかった。
 
 そして朝鮮は分断されていた方がいいという学者が言ったことは厳しい現実を踏まえた含蓄ある逆説的名言であった。日本にしろ中国やロシアが朝鮮を支配されると驚異になるからだ。出雲神話の国を綱で引っ張るということは今でも行われているのだ.神話の時代から朝鮮は日本にとって綱引きの国だったのである。古代における唐との戦いがまさにそうでありすでにここから中国と争っていたのだ。ただ古代において朝鮮は先進国であり日本に百済から亡命した人たちは技術や文化をもたらしていたし日本で新羅派と百済派が争っていたとか今も北朝鮮と韓国の在日の争いがあるようにその当時は朝鮮は大きな勢力であり支配層になっていたのであり今とは違うのだ。

こういう小国では言葉も一カ国ではなくベルギーならフランス語とドイツ語とか話されることになる。台湾にも台湾語があり民族としての言語はあったのである。日本語の元は韓国という人がいるが古代歴史時代では朝鮮と日本では別個のものとなっていて朝鮮の言葉は入ってきたがわずかであった。確かに韓国を通じて文化は入って来たがすでに日本は国として独自のものをもっていたのである。むしろ朝鮮は中国と日本の綱引きの場であり影響力は日本の方が大きかったのである.とにかく古墳の巨大さからみると日本の国力の大きさがわかる。朝鮮のは小粒であり日本の方が経済的にもすでに唐とも戦いを挑むほど大きくなっていたのである。とにかくキプロスとか韓国とかは大国の狭間にあり歴史を国際関係を考えるには適している。

 万葉集にある(
草枕旅を苦しみ恋ひをれば可也(かや)の山べにさ男鹿鳴くも 3674)はまさに韓国から移住した人が対岸の加耶国(かや)を偲び名ずけた山だったのだ.ここに任那日本府があったと記されるのは全く根拠のないものでもない。巴形銅器が佐賀県の唐津から発見され昔の加耶国からも発見されている。明治維新後は中国や韓国に日本経由で西欧化された言葉が輸出された。日本独自のものもすでに渡っていたのだ。これは日本から韓国に渡ったものなのだ。鉄の延べ板の見かえりとして渡された。とにかくそうした小国の亡命者が九州に根ずき後の大和の国の力となったことは確かである。韓国もキプロスと同じように周りの国の跡が残されたところなのだ。ただキプロスとは違い古代は日本を変えるほどの大きな力を持っていたことである.

加耶国(かや
大和(九州)

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キプロスでローマ帝国時代の壁画発見 (ロイター)

2001年3月23日(金)14時31分

 
[ニコシア 22日 ロイター] キプロス西部のパポスで、水道工事現場から、壁画で飾られたローマ帝国時代の墳墓が発見された。
 ローマ帝国時代の壁画は非常に珍しく、キプロス当局は今後も一帯の調査を進めていくとしている。
 墳墓は、パポス王の墓の近くで発見された。
 現場には、紀元前323年から紀元4世紀にかけてのヘレニズム、ローマ帝国時代の墓が集中している。



   
石の貨幣

貨幣の持っている意味は一つは貯蓄であり、消費であり、投資である。貨幣とは貝が基になっていたということは南国の珍しいものを集めておくことが富めるもの誇示となったためである。貨幣は宝物の財宝の役割をしていた。貨幣の発生は外部との外国との貿易にあった。貿という字は正に貝を留めるという意味だった。貨幣には貯蓄の意味もあった。南の島では巨大な石の貨幣が作られた。それは流通するためではない。ステータスシンボルとして持っていた。富の誇示としてあった。それを持っていることで何かしら貨幣の役割を果たす意味合いがあった。保証とか担保とか贖いとか契約の代行品、結婚の結い納品の代わりとか様々な意味がこめられていて大事に貯蔵された。それは閉鎖的地域の価値に留まり大きな石の貨幣は海に沈んでしまった。貨幣の次の役割は消費であり日常的に生活のために使うことである。消費は遊びにも使われるがこの遊びはすべて無駄なものではない。旅行するにしても見聞を広めることであり遊びはまた生産の現場でも活力をもたらすものである。次に貨幣の役割として投資がある。投資は未来のもののためにする。見込みのある発展するもののために金は投資される。そして消費と投資は相性がいい。消費することと投資することは表裏一体の関係にある。消費は負のイメージがつきまとうが本を買い読み旅行することなどは一面見聞を広めるためである。パソコンを買うにしてもそれは知的生産と結びついている。消費と投資は結びつく積極的イメージがあるが貯蓄自体にはない、それが投資に結びつくとしても日本人の場合は安全第一からである。貯蓄するのは将来の不安のためであり投資のためではない。

農耕民は貯蓄型である。安全指向である。だから消費は何か不健全なものとされ倹約が美徳となる。また狩猟民族は獲物をしとめる道具が大事であり絶えず道具の改良が必要である。ヨーロッパでは絶えず戦争があり武器が発達した。ヨーロッパの世界征服はこの武器におっていた面があった。武器だけではなく道具の改良が機械の発明へと通じていった。もちろん農業においても道具は大事で改良がすすめられた。何故ヨーロッパが世界を導くものとなったのかその背後に文化や歴史、思想、宗教が関係して一概には言えない。ただ農業国はどうしても土地を第一にし保守的になりやすい。中国がその典型なんだ。中国が発展停止の国になってしまったのは農業による専制国家から抜け出ることができなかったためである。一方ヨーロッパは地中海から世界の海にのりだし発展をとげた。資本主義とは投資というのが基本にありリスクをかけて投資すること船で海にのりだしたのも投資だった。ヨーロッパの歴史は絶えざる投資の歴史だった。それに比べ東洋は農業に基盤を置き投資という観念が希薄であり貯蓄型でリスクを好まない受動的文化であった。共産主義国家がロシアや中国など農業国家にマッチしたのは専制的農業国家と相性が良かったのである。それは投資型より貯蓄型で発展しなかった。

どうしても貯蓄型文化は停滞する。貯蓄は循環をこばむ。図で示したように黒のイメージなのだ。消費と投資は積極的なイメージである。日本で現在金を持っているのは老人である。老人は金を使わない。それで日本に金がとどこうり金が循環しない。経済を活発にするにはやはり生産的消費と未来の投資が欠かせないのだ。「明日のことは思いわずらうな、明日は明日が思いわずらう」という楽天的思考が必要なのだ。結局石の貨幣は何の意味もなく海に沈みあとから発見されてもそれは役にたたないものだった。貨幣の意味は生産的消費と未来の投資のためにあり安全のためにではない。貨幣により安全は保証されない。貨幣の価値は一定でないからだ。知識も貨幣も流通しないと意味がない、インターネットは知識の流通を迅速にする。本の世界は閉鎖的で流通をこばむ。あたかも聖書に鍵をかけて庶民に読ませなかったように知識の流通を阻害する面があった。貨幣も流通を促進するためであり知識も迅速な流通が必要なのである。現在の不況の克服にはやはり貯蓄型ではだめであり生産的消費と投資が必要である。インターネットは知識の消費でもあるが生産でもあるのだ。消費ー投資は一体のものなのだ。

何が価値を持つか何が富なのか、貨幣自体は紙切れでありまた黄金でも黄金自体が必ずしも価値あるものでなかった。スペインはあくことなくエルドラード(黄金郷)を目指した泥棒国家的側面があった。黄金をためこみ黄金で必要なものを世界から買いやがてすっかり衰退してしまった。黄金は富を生まない。富は土地自体からも生まれない、土地に労働を加えて初めて価値が生まれる。故に労働する小作に与えられることになった。この点はマルクスが正しかった。しかし人的労働だけでは豊かになれなかった。労働の効率化が必要でそれには機械化が成されて飛躍的に生産は増大した。インドと中国は人的労働力に頼りすぎて発展しなかった。いずれにしろ富を生むものは貨幣自体にあるのではない。それはたちまち紙切れ同然になる可能性がある。事実戦前に持っていた金は終戦を境にして紙くずになったのだ。日本人が占領した国で発行した紙幣も戦後紙くずになった。貨幣に頼ることは常に危険がつきまとうのだ。今日本は巨大な石の貨幣のように経済が循環しないデフレに陥っている。そのまま石の貨幣と共に海に沈んでしまうかもしれないのだ。


  
盗んだ会話

shee>この「未来の価値の如何に関わらず一定の価値をつける」ってのは経済において画期的な事件だった、とおもう。
Reffi>ふーん。
shee>この瞬間、やっと西洋/東洋の近代文明は地球の隅のパプアニューギニアの人達の50メートル後方に追いついたのさ。
Reffi>ほげ?
shee>パプアニューギニアだったかサモアの人達は、よく漫画に出てくるような一メートルくらいはある石の貨幣を使っていると言われてたね?
Reffi>うん。よく原始的な貨幣経済として紹介されるよね。
shee>今から言う事を良く聞いてね。あの人達は、石の貨幣が誰の物であるかお互い知っていたの。で、あれの所有名義を変える事で物を取引していたの。
Reffi>…?
shee>たとえば、漁場の採取権とか椰子の木何本分の椰子の実の採取権とか。
Reffi>うん。
shee>気をつけて考えてね。この間石の貨幣は一ミリも動いていないし漁場も動いていない。
Reffi>…!!
shee>これは完全な信用取引きなんだ。現代文明がやっとこの方式に追いつくまで何百年かかったと思う?
Reffi>ぶっちゃけてますねー。
shee>物の価値ってのは人間が決める物なんだ。それは当たり前の事だね。価値ってのは基準だから。
Reffi>それでさっきの話は?


この石貨幣は極めて狭い範囲でしか流通しなかった。この石の貨幣がだんだん巨大化したのは象徴的である。
というのは広範囲に流通するには利便性を重んじるなら軽く小さくなるからだ。流通する貨幣というより蓄えておく
財産になったのだ。しかしその石の貨幣もやっかいものとなり海に放棄されたのだ。


ヤップ島の石の貨幣



 
城の美学

徹底的に無駄を省いた造型
簡素簡潔の極みの美
潔白の四面の白壁
忠誠の主君の天主閣
質実の土台の石垣
貧しさの中の無駄のない美
武士道の結晶の美
身を律して静粛なり
冬樹のように張りつめて
ここに自ずと人格は陶冶され
一本筋の通りぬ
城下町の細い道
身を引き締めて
侍の威を正し歩む


建築はただの建物ではない。物質ではない。確かにそこには精神が外に現れた具象化であり建築を見るとその時代が凝集して現れている。日本の城もそれは美を意図して作られたものではない。あくまでもその時代の実用のために戦いに備えるために効率を第一に造られたのである。美を意識して作られたわけではない。後の世にそれが美として認識することになった。日本の城は本当に寸分の無駄もない。貧しかったので無駄ができなかったのだ。それは茶室にも通じるものである。日本という狭い国土ではすべて無駄ができないのだ。ヨーロッパには無駄と思える贅沢な建築がある。装飾過剰と思えるバロック建築などである。ヨーロッパには日本にはない贅沢な建築がある。それはとりもなおさずヨーロッパには日本にない富の蓄積があったからだ。日本にはそうした富の蓄積がない故無駄を徹底的に省く建築が志向された。日本の城は大きい城より小さい城に本来の姿があるのかもしれない。地方の多くの城は小さい城だったからだ。とにかく侍はいなくなっても城は侍の精神の結晶として残り確かにその城から侍が出てくるのだ。

 一方現代の建築の貧困は大きいばかりでそこに精神の表象化したものが感じられない。単に効率化でありビジネスと事務のための箱に過ぎず精神がない、ただ利益を追求するためのもので精神を感じられないのだ。建築からみると現代は貧困である。これほどの建物がひしめきあっているのにどれも個性もなく一様である。そこからでてくる人間もまた精神なきロボットのような画一化された人間と化す。現代の文明の問題は余りの精神の貧困なのである。マスコミは決してモラル鼓舞しない、大衆マスにこびるものしか提供しない。マスコミとはコマシャーリズムと一体でありモラルはそこにないのである。テレビとか商業出版にはそうしたものは期待できない、モラルは売れるもの金になる大衆にこびるものとは根本的に違うからである。ホームページは金をかけずに発表したりモラルを説くこともできるからコマーシャイズムとは違うものが出てくる可能性があるのだ。一人一人がテレビ局となる時代は何を意味するのか明らかにマスコミの崩壊でありコマーシャリズムの崩壊でもある。

 ともかく建築と人間は不可分に存在していたのだ。建築は精神の象徴なのだ。イギリスのビッグベンはイギリスを象徴だしイスラムのモスクもそうだしエジプトのピラミッドも単なる石の堆積ではなく精神の表象なのだ。キリスト教の多くの建築もそうである。人間が万物の霊長という時自然もすべて精神の表象である。現代文明はこの精神の表象たるものがないのである。日々一喜一憂するのが株の上げ下げであり経済的なもの物質的なものだけであるからだ。現代の人間が精神を道徳を形成されないというのも当然ではないか、精神の表象たるもの日々接する建築に精神の作用がないからだ。

何故ルネサンスが起こったかというと古代の建築や精神の復興として起こった。つまり模範とすべき精神の土台となる古代が存在したのである。ここに古代の歴史の重要性があるのだ。過去と切り離して全く新しい創造などできないのである。文学においても絵画においてもみんなそうなのだ。現代の芸術が貧困なのはまったく現代だけの新しいものを創造しようとしているからだ。過去と切り離されて現代だけがあるからである。武士はいないし武士道は確かに死んだ。でも城は武士道を示す具象化された精神なのだ。城下町の魅力を今回再発見したのである。そして明治時代がなぜ偉大であったのか、それは以前として日本を指導する武士が庶民を導く、そのなかに武士道精神が引き継がれ生かされていた。

 民主主義の実践といっても日本人には法を守るとか民主主義の歴史をもっていないのだ。ただ言葉だけの民主主義であり精神ではない。武士道は精神だが民主主義は精神でも道徳にもなっていない。ただそれぞれ自分の欲望を主張するためのもので数の論理が支配する規制のないものなのだ。モラルとは倫理とは自らを厳しく規制するものなのだ。城は如実にそれを示しているのだ。正に城と武士道は一体化したものなのだ。武士は絶えず身を律することを心がけた。ソクラテスが節制を心がけたごとく内面から律するものを持つこと心がけることが哲学であり宗教なのだ。それは苦しいというだけでなく喜びまるのだ。法はあくまでも外部から規制するもので宗教、哲学は内部から自律的に規制するものなのだ。


政治と宗教(神への怖れ)(1)

人間は様々な怖れと戦わかねばならなかった。最初人間は非力だから自然を恐れ敬った。日食になった時太陽が隠れ太陽がなくなるという恐怖におびえた。インカでは太陽を死なせないために子供を生贄に捧げた.いかに自然に対して恐怖を抱いていたかわかる。人は恐怖のために神に祈った。西洋ではそうした自然の恐怖を自然を解明するために科学が発達した。自然を怖がるだけでなく恐怖の実体を冷静に見つめ恐怖に立ち向かったといえる。宗教は祈るだけでその恐怖の実体が何であるかということは追求せず神のすることとして神にすがり祈るだけだった.では宗教と自然をどう考えるかと言うと以前としてこの世界は神が創りたもうたものだから神に全権がある。自然は自然の原理でそれ自体働くものでそこに神がいないというのが無神論であるが、これを創造した神は唯一の神は存在し神はある明確に意図をもってこの世と人間を創造した。人間は自然を山や樹や岩を神としたがその自然を創造した神は存在しその創造主こそ崇めらるべき者なのだ。自然は神の語らぬ聖なる言葉である。

 この神が宗教が人間社会に入ると複雑になった。日本の最初の王が邪馬台国のヒメ子で巫女であった。なんらか自然と通じ自然の怖れを和らげさせるものだったかもしれぬ。それ故神聖なるものとされた。そうした司祭が王となり民を治めるものとなった。日本の天皇は以前として権力を持つ王ではなく聖なる司祭なのである。ここがヨ−ロッパの王とは違うところである。明治から昭和へと人間が現人神とされたのもこうした歴史的経過があってのことである。つまり日本の王は聖なるものへの恐れでありヨ−ロッパや中国など他の国はほとんど権力を持つものへの怖れに変わった。ヨ−ロッパの場合カトリックの歴史はこの聖なるものをもって権威として権力化した。この聖なるものと俗としての王の権力の争いがヨ−ロッパの歴史でもあった。そこから政教分離の制度が生まれた。カトリックは罰だとか地獄だとかで民の心を縛り免罪符など出して商売したりして腐敗したのである。

 創価学会の構造もこれと同じなのだ。聖なるもの宗教を利用して民を恐れさせると同時に権力で民を恐れさせる。しかし現代では宗教より科学が宗教の役割を果たしており宗教だけで力を得ることはむずかしい。そこで権力を掌握して民を恐れさせることが効果的になる。創価学会の人は仏を恐れる気持ちはあるのかもしれない。外部のものにはないから権力で恐れさせ民を押さえつけることに力を注ぐことになる。日蓮聖人というが日蓮は一人で時の政治家を怖れさせた予言者であり何百万人で圧力をかけるものとはかけ離れた存在である。いずれにしろ創価学会や宗教団体は聖なるものを極端に卑しめてしまったのだ。聖なる権威ではなくその権威はすべて俗の権力からきている。だからあの御本尊とか題目とか唱えても外部の人は何ら恐れない、事実自分も紙くずとして捨てて燃やしてもそこに怖れは全然なかった。むしろ権力的に司法であれ政治であれ経済であれこの世の力を行使される方が怖い。公明党が大臣となり官僚を睥睨する。宗教が公権力として存在することに疑問を感じないこと自体わからないことなのだ。現実もし創価学会に逆らうものは左遷されたり言論を弾圧されたりすることになる。マスコミはそうなっている。罰をあてるのである。罰を当てる力を持つことが怖いのである。これはすでに神や仏に対する恐れではない。権力を行使できるものへの恐怖である。

では聖なるもの神仏に対する怖れは何に由来するのか、神が人間にとって恐るべきものは何に由来するのかということである。それは数による権力とか経済とか軍事力とかではない。地獄に落ちるという時、それは何故なのかという時ただその言葉に恐れるだけなのだ.それは人間の悪を罰する、罪を罰することが神にできる、人間が裁かれるということである。その神の聖なる権威はこの世の権力としての権威とは違う。その数を誇り権力をもってこの世を支配するものとは違う。人間は様々な怖れがある。死の怖れは最大の恐れである.しかしもともと人間には死はなかった。罪故に死ぬようになった。罪の値は死であった。さすればその罪こそ恐るべきものなのだが人は権力を求め権力で人を支配しようとするのだ。いずれにしろ創価学会のようなもの聖と権力とが一体になったら最悪である。聖と俗の権力が一体となり粛清される。聖なる天皇が批判できないように池田大作が国民に君臨したら誰も批判できない、池田大作は創価学会の聖なるもの象徴だから国会喚問を阻止するために自民党と合体したのだ。彼は権力のためには誰とでも結ぶ娼婦でもある。こうして創価学会は聖と俗の秩序や聖を俗と混同することなど社会を混乱させた元凶であった。白川議員が反創価学会として活動する。それの反創価学会の宗教勢力であれ政治勢力が加担する。それもおかしなことなのだ。宗教が政治に翻弄されているのだ。これも政治と宗教が創価学会により混同させられてしまったためである。宗教は本来どっちの勢力に加担するというものでもないのだ。公共事業にも賛成することも反対することもある。だから自分は反創価学会の勢力とも一線を画す。それは宗教とは関係ないのである。政教分離といってもそれが法律的にもなんら効力をもっていない、数が多ければ何でも通るのが民主主義なのか、その前に正しい法の施行、数によらない原理原則、正しい法の守護、施行がないとすると数ですべてが通る暗黒の世になる.法も宗教に由来し神聖なものでもあるのだ。



政治と宗教(2)

人間が
自己を神格化して、それまでのすべての神に優越するものと見るようになったのは、文明が完成されてからのことである。

自然の崇拝を人間に勝利をもたらした集団的な人力への崇拝の下位においた。
トインビー

ある特定のイデオロギーがたとえ全面的に悪いものでないにしてもそれを望まぬ大多数に対して力ずくで押しつけられるということは悪だと認めねばならぬ。
トインビー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

人間が何故自然を恐れたかというと自然を知らないということであった。人間は自然を知る、解明するために努力を積み重ねてきた。日食は周期的に起こるもので太陽が永遠になくなるものでもないしエジプトでは周期的に洪水があったがその水は肥沃な土地を作りピラミッドを建てるほどの生産力を持つにいたった。様々な知らないことに人はおびえる。雷におびえ地震におびえる。雷は科学的に解明されたので昔の人のようにおびえることはないが地震はまだ解明されないのでおびえる。病気について細菌について医学が進歩し解明されると病気を怖れる必要がなくなる。人間は知らないことには恐怖がつきまとう。人間は徐々に自然に対して知識を深め生きる知恵を生み出してきた.そして自然より人間の作ったものが強大で巨大なものとなっていった。

    皇(おほきみ)は神にしませば赤駒の腹這ふ田居を都と成しつ 4260

     大王は神にしませば水鳥の多集(すだ)く水沼(みぬま)を都と成
しつ 4261

日本でもすでに人間の力、技術力の方を驚異的なものとして見るようになっていた。その前は自然の力と人間が同一化される傾向があった。

    皇(おほきみ)は神にしませば天雲(あまくも)の雷(いかつち)の上(へ)に廬(いほ)りせるかも 0235

天皇が自然の驚異と同一化されている。こういうことは科学的ではないというが日本が天皇にそうした特別の力があるものとして神として戦争をしたことは否めない事実だし神の国発言が問題になるのも遠い過去の問題でないことを物語っている.日本が中国や他の国とは違う神の国だということが無謀な戦争に突入した原因でもあった.神の国であれば人間の力や様々な戦力の分析など必要なくただ神に祈れば勝つことになる。イスラエルも神の国であるがそれは旧約で終わりキリスト以後は個人的なものに神の国は以降したのである。ここに宗教と政治権力が一体となる危険性が常にあったのだ。ナチスにもゲルマン民族、アーリア人種が優秀だから支配すべきだとい論理があった。オウムも仏の国を実現するには他者を殺してもいいという理屈になるしそれを実行した。オウムの行動は異常なことではなくナチスであれ日本神国戦争であれ大規模に行われてきたことなのだ。神国であれ仏国土であれ共産国であれ同じではないか。一つのイデオロギーに人間を統制することで同じなのである。

 国家は原始時代には存在しない、部族の段階に留まり国家は存在しない。アイヌは人という意味でありモンゴルももともと人という意味で国家は存在しなかった。技術が進歩して国家が形成され文明が作られると人間が神となる。国家の王が神格化される。それは遠い古代の話ではない。共産主義国家では宗教は否定されたというがその指導者は神格化された。指導者が死んだ時まるで神のように遺体は安置され崇拝された。そもそも政事(まつりごと)は死者を祭るからきているので死者を祭り権威を得ることが政の初めだったのだ。人間は時代が変わっても同じようなことをするのである。科学的、合理的、武力だけではなくなんらかのその上の神聖な力を必要とする。それがデーモンに由来するものデモーニィシュなものとなる。これがあなどれないのは社会が混乱するとき科学的、合理的、民主的などといういかにも現代人の信仰していた理性など簡単に踏みにじられたからである。
 
それがヒットラーであり現人神信仰であり最近ではオウムであった。一般の人が何度も疑問に思ったことは何故大学を出た技術者である優秀な若い人があんなことになったのかという疑問である.オウムというのも現代を象徴した事件でヒットラーにも通じる極めて現代的な矛盾をまざまざと見せ付けたからである.創価学会もそうしたものと同じである。非合理的なもの誤ったデーモン的信仰に社会が席巻されデーモンの神を拝まされることになる。着々とそうしたものが社会に浸透し社会を支配してゆく。隣も職場でも創価学会員は普通の市民として存在しいたるところにおり創価学会を批判することはタブーとなる。それらはオウムのように隔離されず社会を支配してゆくようになる。この世の権威はサタンのものだということは変わらないのだ.下の方では政教分離などむずかしいことはどうでもいい、選挙に勝てば御利益があるというのがわかりやすくていいのだ。マスコミも完全に支配されているし公的なものも支配されている。書店もそうだしそうした場には一見自由があると思ったがマスコミ支配であり権力を持つものが支配する所だった。現実にそれと戦っている人がインタ−ネット上でかなりいたのである。出版界とかマスコミに言論の自由などない。あるのは権力をもつものが押さえるという事実である。それに抵抗したのが2チャンネルとかであるがインタ−ネットが多少そうした既成の権力に抵抗する技術を提供したことは確かである。

そもそも政治と宗教は不可分に結びついていた。政(まつりごと)が政治であったからだ。イスラムでは以前として祭政一致であり宗教者が権力をもっている。イスラムで怖いと思ったのは娼婦が宗教的に排除されるべきだと過激派によって殺されたことである。これは非常に危険な怖いことである。ナチスのようにユダヤ人やその他異物、異種なるものが排除される。粛清されるのである。娼婦にしても全部一様でないしそうした排除の思想は危険である。イスラム原理主義は理想を求めるが故に過激になる。キリスト教や仏教では内面を重視するもので社会そのものを変えてしまうというものはなかった。仏教も入ってきた最初は奈良の大仏のように国家守護の神ともなったが鎌倉時代に民衆の宗教となった。創価学会でも共産主義でもそこには常に全体主義の排除の思想がある。社会そのものに俗界に深くかかわり仏国土だとか平等の共産主義だとか全体主義にしようとすることが危険なのである。その失敗がカンボジアでありロシアであり文化大革命の狂乱であった。出世とは俗世間から出ることであったが創価学会は俗世間で権力を持ち俗世間を支配することなのだ。

 宗教はまた政治に利用されてきた.島原の乱も武士が民衆のキリシタンを利用して幕府を倒そうとしたもので純粋な信仰の迫害ではなかったことが最近明らかになった。秀吉がキリシタンを恐れたのはスペインやポルトガルの持っていた武力の支配であった。実際は信仰とこうした武力は切り離されるものなのだがキリシタンの背後には強大な武力をもった国家がありそれを意識されたのが不幸だった。宗教が権力をもてばそうなる。信長もそのために一向宗を撲滅しようとした。第一草庵にいる一人の僧だったら誰も恐れもしないし見向きもしない。実際自分などそうである。権力として現われたから敵対したのである。創価学会にしても一時は権力に保護されてもまた攻撃の対象ともなる。権力側に逆らえばそうなるからなんとか権力に小判鮫のようにくっつくのである。公明党の議員が民主党がまた政教分離で攻撃しているとか批判しているがそもそも宗教がこのように政治化したのは創価学会のためである。宗教が政治の綱引きの場とされている。だからそういう場に入ると政治闘争、権力闘争にまきこまれてしまうのだ.無責任なことは自分たちが作り出したことを他者のせいにしていることである。神崎氏が靖国公式参拝が
政教分離に違反するというのもいかに馬鹿にした話かわかる。理論的に全く正反対のことを主張しても恥じることもないのだ。政教分離など口にする資格などないのだが平然としている。

 創価学会には議論など通じる世界ではない、マキャベリズムの徹底した大衆支配がすべてだからだ。権力さえ取ればすべて通じると思っているからそれを目的に活動する。どうして法華経と三国志が結びつくのか、これはオウムにもいえたことだから創価学会だけではない現象である。現代は思想の混乱におちいり安いのだ。武士道は確固とした同じ価値観の社会に根ずいたものである。明治維新が何故成功したのか、江戸城の無血開城が西郷隆盛と勝海舟の談判で実行されたのか、どちらも武士で同じ価値観の世界で生きていたものだから通じ合うことができた。現代ではそうした強固な同一の価値観のない世界であるから様々な価値観や思想で混乱する。先進国七ケ国はキリスト教国で共通の価値観を歴史的に形成したことで対立しつもわかりあえるところがあるが日本はそうでないので異物化され排除されるものをもっているのだ。とにかく公明党は時と場合によってはコウモリのように立場も意見も変えるからその政策も一貫しないし全く信用できないのである.小泉首相が政治に信頼を取り戻す必要があるとう時公明党と結んでいたらやたらいろいろ口はさまれ信頼も失う。自自公政権が信頼されない一因もそこにある。公明党と手を切らない限り信頼は得られない。

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カイロ20日時事】イラン北東部にあるイスラム教シーア派の聖地マシャドで、売春婦など特定の女性を狙ったとみられる殺人事件が相次ぎ、地元住民を震かんさせている。被害者は全員、スカーフで首を絞められるなど、殺害の手口が酷似。捜査当局は「社会の浄化」を主張する過激な宗教グループによる連続殺人の疑いがあるとみて捜査している。 

[時事通信社 2001年 4月21日 08:53 ]
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池田大作はトインビーと対談している、それを自慢にして宣伝もしていた、ファシズムというのは無節制であり権力取るためには手段を選ばないことなのだ.アンネフランク展だとか人権だ自然保護だ知識人芸能人からなんでもとりこんでゆく。資金が豊富だからなんでもやれるのだ。トインビーすらだまされることは知識人もあまりあてにならないことを示している.

          創価学会による知識人の支配




権力機構から排除されるアウトサイダー
 
・・・上野霄里氏のテーマ・・・・・

上野氏を語ることは非常にむずかしい。天才と常人の違いがあるからだ。天才とは生まれつきすでに常人とは違い優れた人なのである。特別の資質を与えられた人といえる。体力も能力も生まれた時から人並みはずれた人でありこれを真似ることはできないし同じになることはできない。ブレークとかゲーテとかベートベンとかピカソとかニーチェとかなど天才的な芸術家がいるがこれらと同じになることはできない。普通の人がこれに習い同じになろうとする時ただ無力感を抱くだけになる。天才はその生まれつき恵まれた資質故自らを崇められること望む。神のようになることを望む。彼ら天才はだからクリスチャンにはなれない、キリストと同等におき自らが崇められることを望むからそこに偶像崇拝の危険性が出てくるし彼らと接するものはそうならざるをえないのだ。これを前提にして彼の言を聞く必要がある。彼の徹底した文明批判、その執拗なまでの組織人間の嫌悪はこの文明社会からは受け入れられないものである。そのために負った犠牲は大変なものだった。本を出版するにもこの組織的文明社会は商業主義とマスコミ、メデアは権力と一体であり個人は埒外である。現代の文化の退廃は商業主義にあり権力と一体化したマスコミ支配であり言論の自由、表現の自由などなどなかった。マスコミの発言の裏には常に組織が権力がバックにあっての発言なのだ。こうした権力組織機構によりメデアは支配され操作されている。こういう所からはルネサンスは起こり得ない、ルネサンスは商業主義のコマシャールのような芸術家ではない、文化の総合的エネルギーの集結から生まれたものだからだ。芸術の商品化からあまりにかけ離れた文化のトータルな開花だった。建築、彫刻、絵画、科学、文学など総合的につながる結合された文化の開花だった。現代は商品化による断片化であり卑小化である。
 
 とにかくこの権力組織から逸脱した人は必然的にこの社会のアウトサイダーにならざるをえない。そこでは宗教人であれ芸術家であれ悲劇的なものとなる。その存在すらこの社会に許されないものとなる。自分の場合も辛うじてインターネットの空間で発言を許されるのみで社会からは拒絶され抹殺される運命にあったのだ。おそらく自分という存在の痕跡もこの社会には留めることができなかった。それほど嫌悪され排斥される厳しいものなのだ。その点オウムですら社会に認められ社会化する要素は十分にあったのだ。確かに創価学会を嫌う人がいるが同じ組織的文明人が批判するのだから創価学会は市民であり文明社会に許容されるものだからあれだけの数が社会に適合し問題もないのである。ナチスの問題もオウムが拡大したものともいえる。文明のそのもののなかにナチスがありオウムがあり創価学会があるのであって文明が生み出したもので文明という体、組織のなかから必然的に生まれたものであるからその問題の根は文明にありこれを批判することによってしか健全化の道はないとするのが上野氏の原生人間の立場である。

 人間はまず何であったかというのも奇妙であるが確かに原生環境の中では人間は人間であった。ヒトとは霊(ヒ)と(止まる)、霊が留まるところとかモンゴル、アイヌが単にヒトという意味であるがこれは人間に差別がない時の健全な状態であった。何故ならその後人間は差別化、分類化、組織化されるようになったからだ。職業として分類化される。今でも大工だ、納豆屋だ、豆腐屋だ、銀行員だ、医者だ、弁護士だ・・・の会社員だ、・・・・・無数の職業から人間は分類され社会化される。無職となると判断しようがないから社会の寄生虫のように見られる。こうした職業から分類できないものが原生人間、アウトサイダーになるともいえる。人間が単にヒトであると呼ばれる時代は非常に短い時だった。ヒトと呼ばれている時は差別化はなく今でいう人権は本当に主張するまでもなく与えられていたのだ。その時は全人間であり人がそれなりにもてる能力を駆使して生活していた。職業の分化、専門化とともにヒトでありえずヒトという観念は消えその職業に隷属するものともなる。インドのカースト制が職業の固定化であり洗濯する職業のものは代々洗濯することが定められた。職業の分化がいかに人間を規定化したかをこれは示している。人間はもはやヒトではありえず職業でしか見られなくなったのだ。洗濯屋は洗濯屋であり人間ではありえない、洗濯を業とする奴隷となった。彼はもはや名前はなくヒトでもなく洗濯屋なのである。それも一代だけでなく代々永遠に洗濯せねばならぬ洗濯屋なのだ。

 ともかく人間が職業であれなんであれ分類化される時すでに差別化と対立と相互の意思疎通ができなくなったのだ。人間を宗教で分類することもある。イスラムだ、カトリックだ、プロテスタントだ、日蓮宗だ、エホバの会だ、創価学会員だ、金光教だ、天理教だ・・・・無数の教派として人間を分類する。その時もはやこれらに属している人は一個の独立した人としての理解はありえない、一つの大きな壁を作り互いに分類して壁をつくり閉じこもる。この壁の外の人間は人間でないから殺してもいいとまでなる。壁の中に入らない限り仲間とは認められないのだ。人間を国単位で分類することは普通である。中国人だ、韓国人だ、カンボジア人だ、ベトナム人だ、ネパール人だ、インド人だ、ドイツ人だ・・・これらの人間の分類も差別を生み偏見を生む。日本人でも中国人でも多様であり一様でないのだ。人種で差別化するものもある。黒人だ、白人だ、黄色人種だ、・・・こうして組織化し人間を分類化することで対立を生み熾烈な争いとなる。共産主義はそうした差別を廃そうとしたのだが資本家と労働者という差別化を行った。人間を簡単に二極化することができるわけではないのだ。結局今や分類されない人間は人間でありえず埒外の人間、アウトサイダーとなるのだ。

 荘子の無用の用の例えがある。用なき所に実は大きな用がある。地球という存在も宇宙という使いようがない用なきものがあり存在しうる。この世界が用に埋め尽くされたら息苦しくて生きられない。そのために砂漠があり広大な用なき空間も必要なのである。これはヨ−ロッパにはない東洋的発想なのかもしれない。0を発明したのはインド人である。ヨ−ロッパでは空間を実数で埋め尽くすという思想であるが東洋は無の空間、無用の空間を尊ぶのである。

「大工の棟梁の、石という名の男が、斎の国に旅行して或る地方を訪ねた。その土地の神を祀っている大きな大木を彼は見た。その大きさは、数千頭の牛さえも覆い隠すほど大きく、幹の太さは百抱えもあり、その高さといえば、一寸した山を見下ろすほどであり、地上からは七、八十尺も伸びた所から枝が出ていた。それも、船を作れるほどに巨大な枝が何十本も張り出ていた。そこを通りかかる見物人の数が多くて、樹の回りはまるで市場のような混雑した様であった。棟梁の石は、巨大な樹をふり向きもせず、そこを通り過ぎてしまった。彼の弟子達はつくづくと彼のそういう姿を見て、彼に追いつくと質問をしたものだった。"私達は、斧やまさかりを持って、棟梁の所に弟子入りをしてから、これまでこんなに立派な樹は一度として見た事がありません。棟梁はこの巨木を眺めることもせず足を速めて通り過ぎてしまったのは、如何いう訳なのですか。"石は答えた。"つまらないことを聞くものではない。あれは全く物の役に立たない樹だ。あれで船を作ると沈むし、棺おけを作っても忽ち腐るし、道具を作ってみても忽ち破われるし、門や戸にしてみても、樹脂が流れ出し、柱にしても虫がわく。全く使い道の無い樹だよ。全く使う方法が無いだけに、あれほど大木になるまで長生きが出来るのだ。"」

これは用なき故にかえって使われず生き残った。才能の才とは木材の一部を切り取る意味であった。才能とは全体を生かすことではない。必要な一部のみを切り取ることだった。自然とは全体として機能しているものであり人間の職業や才能は一部しか活用されない。かえって全体は不必要であり一部だけの才能のみが重宝される。通訳なら通訳を完全にこなせる人がいいのでありその他の才能は不要であり邪魔なものとなる。どうしても専門家の方が社会にとっては便利なのだ。この木にしても実は無用なものではない。自然に全体として機能している。木蔭を作り人を休ませることもできるし鳥の巣にもなるし虫に樹液を与え風がそよぎ緑は憩いを与える。この木には語り尽くせない効用がある。材として用なきものでも自然にとっては用あるものとして機能する。自然に無駄なものは何一つない。死体さえ必要なものとして他の生き物の食料になるし枯れ木も落葉も倒木も森の大地の栄養となって大地を森を支える。ソーローが森に木材を求めて来た商人を批判した。世の中では森全体に関心を持つ人は少なく森を木材として活用するものが有用な人で注目されソーローのような森に生きた人は無用の遊び人のようにみられると・・・上野氏が執拗に語りつづける原生人間とは社会や文明のアンチ文明人間でありその存在さえ憎悪の対象、抹殺の対象となる人間であった。その存在はこの文明社会の強烈なアイロニー的存在である。上野氏は今なおそのアンチ文明の人間を語りつづけている。

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あとがき

上野氏というと大きな存在で批評はむずかしいのだが批評することは自分を確かめるためにも必要なことだと思った.どうしてもこれまで本でも一方的に読むことばかりでそれを批評する機会が一般の人にはあたえられなかった。アウトサイダーだけでなく一般人も権力機構から排除され発言は許されていなかった.マスコミは権力機構の一端であり権力機構に組み込まれた存在だからだ。第一本を出すこと自体印刷屋に行くことから始まりいくつものハードルがありいやになってしまうのだ。本を出す人は一段上で読む人は下になり隷属する関係になりやすかった。やはりインタ−ネットの時代は双方向なのである。マスコミに出ている人や本でも批評を試みると批評力がついてくるしこれは民主主義を育むものとなる。民主主義の基本はソクラテスのように対話なのである。そういう場が与えられなかったがこれからは一流の人の本でも批評を試みることはいいことである。民主主義にとって批評精神は最も大事なものだから臆せず批評を試みるべきである。

明窓出版社へ(上野氏の本とエッセイを連載中)



人間の愚かさ(20世紀科学技術時代の悲劇

思慮のないものよ、悟りを得よ
愚かなものよ、知恵を得よ
聞け、私は高貴なことを語り
わがくちびるは正しいことを語りだす 箴言8−6

20世紀は輝かしい発展の時代でもあった。20世紀はやはり科学技術の時代といえるだろう。これほど科学が目覚しく進歩した時代はなかった。一方で政治的思想的な面では混乱と悲劇の時代であり未だかつてない世界的規模の大量殺戮の時代だった。ルネサンスの壮観はそうした技術とか貿易の繁栄とか古代の文化的遺産とかが一体となり生まれた。富はアジアからもたらされ新知識はアラビアからもたらされ古代の文化が復活して技術は精神的なものとして開花した。そこに暗黒の権力闘争や宗教の腐敗もあったがそれは極めて人間的な生々しい相克であった。人間の悪の面は常に存在したしそれを押さえることはできないのだ。その悪も人間的なものにとどまっていたのである。20世紀の混乱と悲劇は人間が巨大な科学技術に蹂躙されふりまわされた時代であった。科学技術というものが人間の手に余るものとなりコントロールできないものとなったのだ。科学技術だけではない政治も経済もメデアもコントロールできなくなり人間の手から離れ暴走した時代でもあった。その問題は現在も続行中である。

オウムで一般の人が何度も疑問に発したのがなぜあのような大学出の優秀な人があんなことをしたかということである。つまり科学とか技術者はどうも宗教とか政治とか思想に無知ではないかということである。また科学とか技術者は常に優遇されるのだが時の権力者にいいように使われるだけではないかという疑問である.アイシュタインも原爆の開発にたずさわりあとで後悔している。人間の社会は科学だけで成り立つものではない。宗教とか政治とか経済とか様々のものの総合として社会がある。科学技術だけの発展が追求が人間を幸福にはしないことを証明したのだ。オウムには立派な医者もいたし一流の科学者もいたのである。それがなぜあのようなものとなってしまったのか、サリンはナチスのガス室であり訳のわからない闇の支配が背後にはあったようなのである。科学者というのを今の時代全面的に上におき信用される。しかしこの科学は大量殺戮の原爆にも使われたしこれからも人類を絶滅させるものにもなるのだ。これは賢い人間のいかに愚かなことかを証明することになる。

 科学技術者はまた政治的宗教的思想的に無知な面がある。ただ現代のもう一つの側面は政治的思想的混乱の時代でもあったことである。この面でも人間は愚かさを示して余りあるものだった。マルキシズムが世界を席巻したのだがカンボジアのポルポトの悲劇、いまだに20代の三分の一は父親がいない、信じられない悲劇なのだ。余りの政治の失敗だったのだ。なぜそうなったのか教条主義に陥り一党独裁の恐怖政治になった。過去にも異端裁判など宗教的過ちはあった。中国の文化大革命もそうだった。つまり彼らは信念をもって正義の名のもとに信仰の名のもとに嬉々として残虐極まりない殺し方で抹殺したのだ。神のために正義のためにである。今もこれは続行中なのだ。創価学会などに容易にとりこまれる政治家や科学者、医者や学者があとをたたないことでもわかる。いかに政治に無知なのか宗教思想には無知なのかわかる。ナチスの再来は以前として目前にあるのだ。科学者だから優秀な技術者だから医者だからだという学者だからというこれらの人を信用して創価学会など信じることはとんでもないことである。

科学者技術者も宗教思想政治に関わるときは慎重であるべきなのだ.現代では影響力が大きいからだ。医院に自民党のポスターが貼られる、その影響はかなり大きいのだ。しかしそうした影響力が大きい人が自分の利益だけを考慮して政治を判断されれば国の方向を誤ることになる。
医者として科学技術者として立派でも宗教とか政治思想とかで欠けていればその人はナチスにも協力するから誉められたものではないのだ.大勢が信じている。それこそが一番危険なことなのだ。一党独裁の恐怖政治に向かっているのだ.人間の弱点はこうした宗教とか思想とかの問題にうとい、バランスを欠くということにありはしないか、宇宙まで行っても人間は地上で賢くなっていない、宇宙でも戦争始めるかもしれないからだ.現代の学問そのものが技術の修得だけの偏った人間を形成するもので社会全体を見る力や人間そのものを形成するものに根本的に欠けているのだ。大学まで学んだがそんなもの一かけらもない、利の追求の学問だった。学問自体混乱し迷宮化しているのだ。そうした人間の根本に関わることは独自に学ぶほかなくなっている。指標となる人を見出だすのもむずかしい、なぜなら大衆社会は指標なき自由社会だし指標を求めない社会でもあるからだ。無数のホ−ムペ−ジなども指標なき社会を加速するものとなっている。全体の社会を考察するとき社会自体が宗教や思想のもとに混乱させられるのかもわかる。

この宗教とか思想とか政治の混乱が科学技術をもまきこみ大殺戮となったのだ。民衆とか大衆もこれほど情報が多くなっても判断力もないのだ。池田大作のような詐欺者を崇め祭ること自体全く知性も何もないことを証明しているのだ。オウムの事件は例外的なものでははない、ナチスとして過去に現実化したものであり目まいに迫っていることなのだ。無知なもの愚かなものに踏みにじられ蹂躙される社会はあまりに悲しい。社会全体から見れば神のごとく崇められる科学者も愚かさにおいて変わりないのだ.科学者として賢くても社会全体として賢いものとならない限り社会はどん底に落とされるのである。大衆はマスメデアで操作され最先端の科学で盲目にされ判断力を失わされその上にサタンは思いのままに操る.結局そのツケは民衆が大衆が犠牲となりおはることになったのが現代という科学技術発展の輝かしい知恵ある人類の結果だったのだ。誰も真に知恵あるもの賢者の声を聞かない、そして己の愚かさの道を曲げず痛い目にあいはじめて悟る、これが個人でも自分もそうだが人類全体でもそうであったのだ。その繰り返し業はつきぬのが人間なのだ。これだけの科学技術の発展にもかかわらずソクラテスの時代からそれほど賢くなっていない、宗教的政治的思想的な面ではかえって後退してさえいるのだ。民主主義からナチスが生まれたごとくこれも愚かさを全面的に押し出すものともなる。自由、自由というが自由を与えるほど人間は賢くない、誰かに従うことの方が賢明でありうる面もあるのだ。結局自由を求めてサタンに従ったのが人間だったのだ。そして人間は自らの首をしめて滅亡するほかないのだ。それが神を離れて賢くなろうとした人間の宿命である。予言者にも賢者の言も聞かず暴走したのが常だったからだ。



  
混乱からコスモスへ

偽りの神に迷う者にたよらない人はさいわいである 詩篇40−4


現代に欠けているのは古代に追求した宗教、思想、哲学の意味である。これらが探求されるには確かに実用という側面は欠かせなかった。エジプトの農業という技術は数学の概念を発達させただろう。しかしそれ以上に実用から宗教、思想、哲学に発展するところに人間の人間たるものがあった。エジプトのピラミッドは宗教的建築物であり王の権力を示すものではない。ギリシャの多彩な思想家の目指したのも宗教、思想、哲学であって現代の科学の実用一点張りの世界とは違っていた。ではこれらのものが何を目指したのかといえば宇宙との自然との調和である。cosmosが秩序でありピタゴラス派では世界を意味していたように秩序ある世界、調和の世界をめざしたのだ。世界は混乱であってはならない、神の奇しき業により秩序ある調和の世界であらねばなるぬ。自然を宇宙を瞑想するものには神の調和の世界が映し出されてくる。それが詩となり建築となり絵画となり彫刻となり音楽となる。古代人においてこの宗教、思想、哲学の点では優れていたのである。現代の調和のないこの文明の狂気的混乱には耐えられない。ここから生じるのは狂気的犯罪であった。ナチスはまさにそれであった。今日の犯罪が常に精神病理学的様相を示すのはそのためである。原生人間でなくても普通の人でもこの文明世界では正気を保つこと容易でないのだ。精神疾患が自ずと増えてくるのだ。原生人間でなくても文明から離脱して自然に身を浸さないかぎりこの文明の狂気から逃れられないし精神の平衡を保てないのだ。

数学が現代の数学と意味がかなり違っていた。数学は宇宙の調和を目指す宗教の一派だった。数学というと自分にとって苦手であり嫌悪すべきものだった。学校での学問は詰問意外のなにものでもなかった。受験勉強の青春のエネルギーの浪費、利の追求の学問といいそもそも今や学問の府などというものはどこにもないのだ。大学すら出世を目指す就職に有利だとか功利的なものでありそこから輩出するのは東大出のような自分の利しか考えない官僚になるのは当然である。学問の初めは宗教、思想、哲学でありそこが忘れさられているのだ。

「純粋の数学者は音楽家と同じように、秩序つけられた美の世界を自由に創造する人である。」ラッセル
 
      古代のコスモスの光輝

   
そこに一つの王国が限りなき喜びと和合の世界が生じよう
   それまでは汝ら天の軍勢よ、各所に散らばって静かに棲んでいるがよい

                                         ミルトン 失楽園

      
神はあらかじめ調和の則(ロゴス)を定む
      内なるものが外なるものに反映し
      外なるものが内なるものに反映する時
      コスモスは神の調和の美に輝く
      それこそが神の棲みたもう神殿である
      数学は調和を目指す美学なりしを
      野に馥郁と花々の咲き香りて古の人々よ
      敬虔にして神殿に参るは良きかな
      かくあれば神しろしめたもうなり



これは学問が実用だけではない、学問であれ宗教であれ芸術であれ宇宙との自然との調和を目指すものだったのだ。数学が宗教、哲学の一環として生まれたものであり現代の数学ではないしましてや受験数学でもない。受験英語であれ受験とつくのは学問ではない。そこからすでに現代の病のもとを作っているのだ。数学が宗教や哲学など思いもつかないからである。コスモスというのは詩であれ数学であれ建築であれ科学であれすべてに通じるものでコスモスの世界の具現化が宗教であり芸術であった。だから上野霄里氏が古代の建築物まで原生人間には不用だ、無駄だったというのは納得できない、古代の建築はコスモスの具現化だったのだ。権力的要素は少ないコスモスの具現化であった。ローマの建築は実用的政治的美学から作られたのだがそれでもやはり現代の建築よりは調和の世界を目指し今でも堂々と大地に根ずいているのだ。現代の悲劇はこのコスモスの不在でありコスモスの世界が見え出せないことなのだ。このコスモスを作り出そうとする芸術家が孤軍奮闘するとき狂気に到ったり悲劇になる。古代のように全体として存在していたものを個人として作り出すことには無理があるからだ。

ただ古代もエジプトもギリシャも今日以上に科学は存在していた。だが一方でエジプトはアニミズムの信仰でもあった。動物崇拝に陥っていた。いたるところ動物の像が祭られていたからだ。現代から見るとそれは奇妙に見えるのだがはたしてそうだろうか、科学が理性を示し合理主義が近代の看板であるがナチスとかカルトの宗教が今も猛威をふるい現実に席巻しようとしている。人間は完全に科学的にも合理的にもなりえない存在である。科学者の集まりのオウムが異様な人間の偶像崇拝に陥ったのもそのためである。ピタゴラス派も奇妙な戒律を定めた。

1.豆を食べざること
2.落ちたるもの拾いあげざること
3.白い雄鳥に手を触れざること
4.パンをちぎらざること
5.閂をまたがざること
6.鉄にて火をかきおこすなかれ
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訳のわからないタブーをいくつも作った。これは何を意味しているのか、数学という学問とは全然関係ない世界ではないか、つまり科学者も迷信に陥りやすいことなのだ。ここに一つの大きな問題があるのだ。いくら科学に通じたものでも万能ではなく迷信に陥る。いや人間とは迷信におちいり安いし迷妄におちいりやすいのだ。統計学的数字とか合理的説明自体実際は根拠がなくても大衆を信じさせ煽動させるのだ。近代的なものにも巧妙に人をだますトリックがあるのだ。統計学的数字も迷信の一つなのだ。エジプトにも無数の神が存在したしギリシャでもそうである。一神教がこの偶像崇拝を打ち払ったのである。偶像崇拝が宗教の一番の問題だからだ。宗教者自体偶像崇拝や迷信におちいっている。創価学会の経験で必ず言うことは「権力奪取、権力奪取、」次に創価学会を止めた人は不運になり家が傾くと具体的な話しをしてやめるのを防ぐのである。これには根拠もなにもないのだが人間は迷信に陥りやすいのだ。創価学会をやめた人はすでに百万人くらいいるかもしれない、入ったとしても簡単にやめる人が多いのだ。一票として数としてカウントするだけだからそうなる。百万票くらい実際の選挙では移動するのだ。百万人がどうなっているのかなど実際わからないのである。容易に入る人がいることは容易にやめる人も多いということである。迷信というのはどんな科学時代にも根ずよく残るのだ。女性は特にこの迷信に支配されるのである。人間は権力、迷信、マスコミの誘導などにより容易に操作されるのだ。マスコミは大衆支配の装置なのだ。

マスメデアは責任をとらない
●マスメデアは豹変し自己忘却的である
●マスメデアは大衆(お客さま)と業界仲間と「真に怖いもの」以外のなんで も批判する

「迷信の見えざる手」竹内靖雄

迷信は外部的にもつくられるのである。メデアは中間のものでありただ伝える媒体であり判断は各自でするものなのだが巧妙に誘導されるのである。確かにそこではコメンテターというのは大衆の常識的意見しか言わないのである。またそういう人しか発言させないのだ。マスメデアと大衆は同一だということになる。大衆は何を発言しても責任をとらない、その時その時の野次馬根性で一時的騒いでは終わるのである。とにかく迷信を馬鹿にしてもミイラ取りがミイラになるように迷信に支配されやすいのだ。マスコミもまた迷信を作り偶像化するのである。

一神教の意義はこの偶像崇拝からの脱却にあったのである。念仏でも日蓮宗でも曼荼羅を拝むことは仏像を拝むより偶像崇拝から一歩前進したことは確かである。しかし以前として多数は偶像崇拝と迷信におちいってゆく。これも人間が闇から逃れられないものにする大きな要因である。学問しても真の信仰に目覚めない限りこの闇からは逃れられない。闇の力が闇が支配するというのは人間個々人が闇にあるかぎりその集合体も闇を作りサタンなる闇に支配されることになる。この闇の力は余りにも強いのだ。この社会が闇の力に支配されるというとき個々人が闇に支配されているからだ。その闇の力は余りに強大で社会をおおい支配するのである。地獄とかにおびえるのもそのためである。得体のしれないものにおびえ左右されるのである。地獄ならそうした偽りの宗教者は確実に地獄行きである。ダンテの地獄に落ちてゆくのは確実である。もうそのことは逃れられない.現世では偽ることができても死後はそういかないからだ。これは科学者でも例外ではないことが歴史が示しているのだ。
偽りの神に迷う者にたよらない人はさいわいである 詩篇40−4 」現実は偽りの神に迷う者にたよっているのが多数なのである。なぜかというと迷う人が導こうとしているし自ら迷いながら他者に説いているからだ。無数のホ−ムペ−ジもまさにそうした人で満ちている。あらゆる人が自説をいい教え導こうとしているその本人が迷っているのにそうなのである。結局ますます迷いのなかに入ってゆき出られなくなるのである。



   
遊牧民の厳しさ

内モンゴルのフフホトで今年は雨が降らず草が生えず草原がなくなると心配をしている報道があった。内モンゴルの草原に行ったことがある。かなり高い山に登って行くと平原になる。かなり標高が高いところなのだ。だから涼しいのであるが寒い所なのだ。現実今年の寒さは尋常でなく多数の羊が寒さのために死んだ。羊で生活している遊牧民にとっては大打撃だった。羊が唯一の生活の糧だからだ。このニュースでわかることは遊牧民は農耕民より厳しい環境にあることなのだ。北海道の農業科を出た若者が帰りの船にいた。なんと一年間修行のためにモンゴルで遊牧民のテントで暮したという。冬は寒く零下20度くらいになるのだが体が冬になると寒さ適するように変化するという。ただその青年はラグビー部のような逞しい体をしていた。なんでも北海道で羊を飼って生活するためにモンゴルに行ったと言っていた。いずれにしろモンゴルは生活にするには想像する以上に厳しいところなのだ。雨が降らないことは草が生えないとなるとそこは砂漠化してゆくことになる。草原は砂漠化ととなり合わせになっていたのだ。今砂漠の所は草原であったところにもなる。こういう厳しい環境だから農耕民の中国に何度も攻めてきたのだ。そして中国ではあの万里長城を作って侵入を防いだのだ。中国側にとってはどれだけ恐怖だったかわかる。
 
 遊牧民の世界史的役割が見直されている。実は遊牧民が世界史の骨格を作った。遊牧民はまた東と西を結ぶ役割も果たした。シルクロードがそうでありモンゴル帝國もそうだった。その前に遊牧民が世界に散らばることにより国家が形成されていった。強力な指導者に率いられる遊牧民なくして国家は作られないし男性主導の社会になったのも遊牧民の国家が形成されたからである。農耕社会ではどこでも地母神、女神が崇拝の対象になっている。日本も天照大神が女性であるように邪馬台国のヒメ子が女性であるように母権社会であった。夜這いというのは女性の所に忍んでゆく男性の卑屈な姿であり女性が上位の社会を示している。遊牧民は略奪婚なのである。遊牧民はまた都市文化の形成者であり今日の指導的役割を担った祖先である。遊牧民と農耕民が融合して強力な国家が形成されたのだ。中国最初の国家も始皇帝の国家も西の遊牧民との結合の結果生まれた。というのは西の遊牧民の馬や鉄の文化を取り入れた結果強力な国家が形成されたからだ。日本の騎馬民族国家説もそういう世界史的流れから出てきたものである。遊牧民がゲルマンのように森の民となり木材を利用し海洋民となったという最近の説も面白い。
 
 世界の言語をみても英語であれヨ−ロッパの言語も砂漠のアラビア語も主語により次に動詞置かれこの動詞はその格により変化することで共通なのだ。スリランカのシンハラ語というのもそうであった。インドも黒い原住民のドラビダ族に遊牧民が侵入してできた国であった。世界の趨勢は遊牧民と関係してできたものであり米作を中心とした女神崇拝の農耕型は少数派となった。日本語などはだから世界史的に見れば特殊なのだ。例えばhaveというのには持つだけではない、食べるとか飼育するとか育てるという意味がある。あるものを持つ、羊を持つはすでに飼育する、飼育して食べるということにつなっがている牧畜民の基本的な生活から生まれた言葉なのだ。中国語も主語の次が動詞となるから共通な面がある。おそらく農耕型文化は主格が明確化しない、主格がインド・ヨ−ロッパ語族で明確なのは人間主導型だからである。人間が家畜の主人であり常にそこでは人間が羊を導くと同時に人間も導くものとなるのだ。一方農耕型の前進である森に暮すものがあるとすると森が主格であり森という全体が神のごときものとなるから主格が主語が明確でなくなる。森全体を主格とは認識できないのだ。主語がない、あいまいなものとなる。確かに農耕民は前は森の民だったことが言葉からも推測できる。

 とにかく人間は住み良い所からはあえて移動しないものである。人間が移動するのはやむをえないからであり積極的に移住することはない。条件の悪い所に行くのはやむをえないからである。ネパールでどうして山の条件の悪い方に住むようになったかというともともと山しかなく住む場所がなくあんな見上げるような所に住む場所を拡大するほかなかったのだ。好き好んであんな不便な高い場所に人間は住まない。高い所からさらに高い所に住む他なかったのである。まだあんな高い所に住んでいるのかと驚く高さなのだ。今は働く所がないとインドとかに出稼ぎに行って子供はとうちゃんがいないと言っていた。出稼ぎも好き好んで行く人はいない、日本でも満州だ、ブラジルだと移住が推奨されたのは働く場所が国内になくそうなった。北海道に開拓に入った人も明治になり職場を失った武士だった。人間は人口が増えれば生活する場を拡大せねばならなかった。それはやむをえない選択だったのだ。

 アメリカに移住した人達もケネデイ家のようにアイルランドでジャガイモ飢饉が起こり食えなくなり移住した人達であり宗教的迫害から移住した人たちもいる。アイルランドはやせた土地なのである。つまり追われるようにして移住したのである。イスラエルのヨセフがエジプトに身をよせたのも食えなくなったためである。これもやむをえない結果だった。豊かな土地からは人は移住しないし人はそこに安住する。東南アジアは豊かでありヨ−ロッパは東南アジアに様々なものを求めて略奪しにきたのである。もともと西ヨ−ロッパは寒く貧しい所だったのだ。貧しいものは富を求めて移動する、征服し豊かな国から奪おうとする。つまり遊牧民では略奪が悪いことではなくかえって奨励されたのも厳しい生活から必然的に生まれた哲学、掟なのでありそうしなければそうした過酷な条件の世界では今回の寒さによる甚大な被害や雨がふらず砂漠化する世界では生き残れないのである。

     砂漠化で遷都の危機? 中国首相が警告と米誌 外信102

 【香港15日共同】米誌ニューズウィーク(アジア版)最新号は
、中国の朱鎔基首相がこのほど「砂漠化の進行を防がないと、最後
には首都を北京から移さなければならなくなるかもしれない」と警
告した、と報じた。                     
 同誌によると、北方から北京に向け毎年三・五キロのペースで砂
漠化が進行しており、食い止められない場合、三十五年後には北京
に到達するという。                     
 朱首相は今年五月、砂漠化が進む河北省北部や内モンゴル自治区
を視察し「一部地域では生態環境が日増しに悪化し、砂漠化が絶え
間なく進行している」と危機感を表明。乱開発で森林や草原が減少
したことを原因に挙げ、条件の悪い開墾地に樹木や草を植え緑を取



  
人間の幸福の在り処

彼は笑いをもってあなたの口を満たし、
喜びの声をもってあなたのくちびるを満たされる ヨブ8−21


人間の幸福がどこにあるのか、人間は幸福を追求して生きてきた。しかし人間は未だに幸福になっていない。これほどの技術が発達してもそうなのである。なぜそうなのか人間の幸福が幸福ならざるものの追求になってしまったからではないか、科学が技術が発達してもこれほど豊かになっても幸福感がない、得られないのはなぜなのか、幸福を求めて幸福ならざるものを追求してきたというほかない。本来都市は人間が暮すために便利な幸福にする場所として作られたはずである。それがなぜそこに幸福が見い出せないのか、車の廃棄ガスで空気は汚れ騒音で落ちつかず人の混雑で通勤は地獄の苦しみとなっている。現代の巨大都市には幸福は作りえないのだ。スモッグのなかで騒音と雑音といかがわしい闇の世界が住みよい、居心地が良いという人もいる。現実そういう人達のために都会があることも確かである。繁華街のネオンや混雑する人ごみが好きな人もいる。しかしそこに人間本来の幸福ありえない。なぜか権力が腐敗するように都会も腐敗する。ローマであれロンドンであれパリであれニューヨークであれ都会は退廃し腐敗してゆく。

 都というのもまた腐敗し退廃化してゆく。源氏物語の桐壺のように宮廷には一人の寵愛された女性に対する怨嗟や嫉妬の念で病気に追いやり死にいたらしめるほどの念が辺りにみちみちていた。万葉人の野にあるおおらかな恋は姿を消し宮廷内の恋は権力と関係して常に宮廷には人間の悪しき念にみちみちていたのだ。そこにも幸福はなかった。例えいかに着飾っていてもそこに幸福はなかった。これは中国でも宦官のいる宮闕には絶えず権謀術数の世界であり人の心はそこで休まることはなかった。権力を求める人が多いがそこは決して心休まる所ではなかった。社会主義国家であれなんであれ権力の座にあるもの権力を目指すもの自体に幸福はありえない、そこには裏切りや陰謀がはこびり殺し合いが繰り返された。そういう権力争いは世界中で歴史的に繰り返されてきたことである。ネパール王室の惨劇そうである。何らかの権力争いがあったのだ。日本でも天皇が権力を持っていたときは皇太子が殺されたりしている。皇太子というのが権力継承で問題の焦点になるからだ。万葉集の
「ももづたふ磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ 3−416 大津皇子」この大津皇子は反乱を企てというが才能もあり評判がよかった。ネパールの王子も民に慕われ評判がよかったのである。権力のあるところにどこでも闇があるのだ。この歌はまさにこの世に残した非業の死を遂げねばならなかった皇太子の怨念の歌だった。今もそれはつづいているのだ。

オウムのような団体でも権力争いで必死だったことに驚いた。林という人は学歴がないから上に立つためには裏の仕事を受け持ちサリンを多くまき麻原に認められようとした。小さな組織でも組織に入る限り組織の論理が優先する。外部の人を殺すということも容認されるのだ。戦争のときは多く殺したものが偉くなるのだ。それは宗教団体だろうが組織化するところでは権力争いがある。人がすでに何人か集まるところでも人間は序列を争う権力争いになる。そしてこの権力争いから組織から逃れられる人間はいない。なんらかの組織、権力機構に属しないものはなんの力ももてないし身の保証もされないからである。日本という国、組織に属していなければ外国での安全は保証されない。つまりなんらかの組織、団体に属さないで生活はできないということである。その権力組織に属さないヒトの探究として上野霄里氏の原生人間、仙人がある。しかし彼自身もグループを持ったということは厳密に言えば完全に脱権力組織化した人間ではなかった。ただこれはやむをえないことであった。個人で出版するとかは現代の組織権力化社会では不可能だからである。インタ−ネットの驚きはそうした組織権力に本来有利なものが有利でなくなっていることなのだ。いずれにしろ権力組織にある限りそこは心休まる所ではない。そしてその権力が集中する都会は腐敗し退廃化してゆく。つまりそこには人間の様々な悪しき怨念で汚されてしまっているからだ。京都はまさにそうした怨念の集まる場所であったのだ。それをしってかどうか日本では定期的に遷都がおこなわれた。つまり心機一転するために新しい地に都を移しやり直したのである。都であれ都市はいつしか腐敗するのだ。

そして絶えず新しい力はまだ汚されていない田舎に荒野に求められてきた。ギリシャの文明の興隆時期にはまだ森におおわれていたという。それが文明化都市化するとともに森は失われ文化も爛熟するとともに活力を失い衰退化した。それに変わって生粋の農民出のローマが都市を築き広大な帝國を作る。その頃ローマ近辺も深い森におおわれていたのだ。その森もローマ文明の発展とともに失われた。次にローマ文明の前に立ちはだかったのが森の民の壮健なゲルマンであり遂にはゲルマンにローマは駆逐され滅びるのである。ゴシック建築は北方の森の具現化だった。その背後に原始の森があり荒野があるところに壮健な民族がひかえ新たな文化を創造してきたのだ。cultureとは耕す意味であり本来大地なくして耕す大地なくして文化は起こり得ないのだ。自然を耕すことから文化が起こるのである。田舎が地方が文化を想像する場であり都市ももともとはどこも田舎だったのだ。自然に深くコミットしなければ文化の想像はありえないのだ。

人間の幸福というのも田舎にしかありえない、幸福の源泉は自然であり自然と調和した人間である。自然から離れて幸福はありえない、
「すべての事物は神々で満ちている」とタレスがいう時まさにそうなのである。科学者もギリシャ時代は詩人であり哲学者であった。光が風が緑が蝶が鳥がすべてが神々に満ちて活動し人間を幸福にするのだ。いくら豊かでも都会にはビルと車の雑踏には幸福はありえない。人はそこで幸福でありえないから様々な犯罪や問題がやむことなく出てくるのだ。「賢者は詰問されてる最中でもなお幸福に生きることができる。私はパンと水さえあればそれでいい、私はゼウスの神と幸福な暮しを競い合うこともできる」「私が贅沢な快楽につばきするのは、それ自体軽蔑するからではなく、それに随伴してくるさまざまなもの不便の故である。」(エピクロス)まさにこの哲学者は本当の幸福を知り持っていたからこう言えたのであり富は必要でなかったのだ。富が人間を幸福にするとは限らないのだ。日本人は富を得たが幸福になったわけではない、だから不況の問題も心の持ちようだしこれからは本当の幸福を求めるべきである。パンと水だけでも幸福は得られるのである。その手本として原生人間の上野霄里氏もそうした真の幸福を極めた人物の一人である。

自然は、人間の精神と心象を浄める
無限の富を貯えた宝庫なのだ。
その健康な姿を通して、知恵が脈々と避り出、
その快活な姿を通して、真理が脈々と避り出て
ワーズワース 英詩の鑑賞 全文

 神は人間を不幸にしようとはしていない。人間は自らを不幸にする唯一のものなのだ。神は人間を幸福にしようとしているが人間は自らを不幸にして不幸だと自らも思いつづけている。不幸でなければ人間でないとさえ思っているのだ。もちろん田舎に住んでも幸福を見出せない人はいるしいやな根性の悪い人は都会と同じようにいるのだが自然があるゆえ自然に覆われているゆえその自然に人間は隠され清められるのである。ヘシオドスが神は人間の営みを隠したといったのは人間の営みはみな神にとって嘉みされるものではない、過度の労働は神の地を汚すことでもあるのだ。日本でも罪はつつむべきものからきており清らかな自然に罪はつつまれるべきであったのだ。人間の営み自体もまた罪なものがあり労働がすべて神からみて良いものとはいいがたいのである。大地も森も人間の過度の労働と消費で疲れている、消耗させられているから今日の不況は神からの過度な労働の停止を要求されたもので必ずしも悪いものではない天の摂理が働いたものかもしれないのだ。

つまりすでに神は人間のために十分な富を与えている、特に先進国には余分なほどに与えている、それで足りないとするのはどこか間違っているし人間側にその責任があり神にはない。そうとしか思いないのだ。明日から米粒一つもなく食えなくなる状態からはほど遠いからだ。米百俵どころではない、日本人の持っている富は貯金にしても莫大なものでありそうした過去の尺度では計れなとてつもないものなのだ。この持っているものを吐き出す方が先かもしれない。いつまでたっても足りない足りないとその不満は尽きることがない。これはやはり人間側に問題があるのだ。政治とか経済とかジャーナリズムはあまりにも近視眼的で今の問題にとらわれすぎるのだ。今すぐに効果をださねばならない。今の問題に集中しすぎるのだ。宗教とか哲学は大きな視点から世界を見ることなのだ。これは古代人の方がそうした思考から文明を作ったのだ。そうした世界観の反映なのだ。だからそこから今でも精神的なもののメッセージをくみとることができるのだ。社会を政治的、経済的効用のみから考える現代の近視眼的な風潮は長い眼でみると方向を誤る。毎日毎日株価の動向に追われ今日と明日しか眼中にない余裕のない世界は精神的に貧しいのだ。こういう世界からは絶対にピラミッドやヨ−ロッパの大聖堂などは築けない、それは何代もかかり作り上げられたものだからだ。古代の時間感覚と現代の時間感覚は根本的に違っている。現代は時間も搾取され奪われたというのは確かである。


コット虐殺 1846

軍務大臣ジャンガ・バハドゥルが重臣たちを王宮の
軍事会議室に集め、虐殺しラナ姓を名乗り大王と
号して実験を握った.


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こうした暗い王室の歴史の再現だったのか、皇太子だけが結婚問題で家族をみな殺しにすることは考えられない

2チャンネル ネパール国王の悲劇

これは読みごたえある、2ちゃんねるは馬鹿にできない



  
ギリシャの多様性

ギリシャ人ってのはなんのことか君知ってるか?なんでもできる男さ!
文法家で、幾何学者で、鍛冶屋で、医者で、軽業師で、占い師で、彼はなんだって知ってるさ。この食うや食わずの男め、彼に言ってみたまえ、
「天へ登れ!」と。彼はそこに登るだろうよ!
                   諷刺詩人 ユウェナリウス


ギリシャがなぜあれほどの天才が輩出したのだろうか。現代の文明の基礎はギリシャによって築かれたといって過言ではない。ヨ−ロッパ文明はギリシャを基礎にしているのだ。一つの要因は地形、地理にあるのだ。世界史を作るのは地理であることは否めない。イスラエルが小国ながら世界の中心地点をしめていたというのも神の配慮なのである。ギリシャの地形の特徴は山があり谷があり海があり島がありと実に多様なのである。春に行った時ドルフィの神殿跡の雪を頂いた山々を見た時その山々が本当に神の棲む山に見えた。崇高なものがそこにあった。そして清水がどうどうと流れ落ちていた。まさに神話の舞台でありその雰囲気は変わらない。地形そのものまでは変わらないからである。この多様さは一面日本とにている。違うのは日本では漁業と農業主体の生活形態であったことである。ギリシャの場合、牧畜があり商業があり生活そのものも多様なのである。特に牧畜という生活形態は農業を中心とするものにはわからない奥深いものがありそこから生まれた文化は農耕とは全然違ったものなのだ。日本人にとって聖書が理解しにくいのは羊がメインテーマになっているからである。そもそも羊は日本人にとってなじみのないもので羊を食うという体験も極最近のものである。日本人の食生活はノリやコンブや魚類だった。タコは万葉時代から好物だった。タコは外国では嫌われ食わない。タコはモーリタニア産とか世界中から日本人は買っている。日本人は牧畜と羊であれ馬であれ牛であれ家畜を飼うという生活とは縁遠かったのである。邪馬台国の『魏志倭人伝』に日本には馬、牛がないというのは正に日本という国の特徴を示したものであった。何故なら牛というのも世界中生活上非常に大きな役割を持つものでエジプトでは牛は神格化され牛の墓まであったし主要な古い都市がウルでこれは牛だったのだ。羊にしろ、牛にしろ、馬にしろこれらは生活に欠かせないもので文化をつくったものである。この生活がないということは日本人にはこれらのものを生活のなかで理解することができないという根本的な外国理解の不足をまねくのである。

 ギリシャ人の多くの天才の輩出はまずその地形的な多様性と生活形態の多様性である。それからギリシャは地中海を通じて他の国、先進国の大陸とつながってもいたのである。地形的には平坦な砂漠や平坦な草原などの国は専制的中央主権的巨大な国家ができる。エジプトでありペルシャであり中国などもそうである。フランスも平坦な大陸的な国でありベルサイユ宮殿のような絶対王政の中央集権国家ができた。ロシアもツアーの強権国家となった。イタリアは都市国家が中心に栄えてルネサンスを生んだ多様な国になった。これもイタリアの地形が影響した。巨大な大帝国に量にならず質の文化が形成されたと有名な作家の海野さんがが言っている。エジプトとかペルシャであれ中国であれものすごい強権国家でありそこには個性を伸ばすという自由などない。民という字は眼をつぶすからきている。つまり民を盲目にして支配する意図がこめられた字なのだ。こいうことは社会主義国家にもあった。全体主義国家ではルネサンスだとか自由な天才など生まれようがないのだ。創価学会でも共産主義国家でも天皇国家の全体主義になったら絶対にルネサンスなど生まれないのだ。実際にマスコミとかこれまでの出版などは一部の組織のものでありここからもルネサンスは生まれない、個人など完全に排除されている。出版社やらマスコミの独占であったのだ。現にインタ−ネットでは幼稚であれ今まで見られないものが出てきているしこれからは良質なものも出てくる。今はまだ過度期なのである。インターネットはグーテンベルグ以来のメデアの大革命なのだ。これが何なのかわかるのにはそれなりの時間が必要である。実際何するにしても以前として実験している段階に思えるからだ。人の交流の仕方自体変わってしまっているからだ。いずれにしろエジプトにしろペルシャにしろ中国にしろこれらの文化はギリシャとかルネサンスの文化とは根本的に違っている。大帝国では人間個人とかは眼中になく全体として強固な組織として軍隊のように扱われる。スパルタ国家になるのだ。スパルタとアテネが対照的であるのは正にこの点であった。

 国際性が養われる場所は文化の交差する場所である。タレスという人物を例にとればフェニキア人の混血で商業に従事してエジプトに学んだ。「偉大な七賢人の最初の人ミレトスのターレス(Thales of Miletus, 624-548B.C.)は、僧侶たちの下で学び、ソロン(Solon) の助けをかりてピラミッドを計測した。プルーターク(Plutarch)はターレスがエジプトの幾何学をギリシアに持ち帰ったと公言した。」とかバビロニアの天文学を学び日食を予言したりもちろんこの当時はみな哲学から出発しているから哲学者だった。アレキサンドリアでは世界の書物や学者を集めたのだが画家や彫刻家は重んじられず哲学者が重んじられた。ということは総合的にものを見て判断する人が偉いとされたのだ。現代は細部に詳しい専門家が尊重されるのとは正反対である。とにかくその経歴自体国際的なのである。フェニキアというとなじみないがアルファベットを作った民でありそれを元に精緻なギリシャ語がつくられた。ヨーロッパ文明の強みは相互につながり発展したことなのだ。日本を考えると言葉にしても漢字を取り入れるだけでヨーロッパの言語のように文化が交わる重層的なものではない。アジアは一つといっても文化的なつながりは希薄なので連帯感が生まれないのだ。ヨーロッパ人がギリシャに思い入れが深いのは自分たちの文化の源流があるということなのだ。バイロンがギリシャの独立運動で死んだのもそういうことが根にある。現代でもなぜこれほどまでにギリシャに負っていることが多いか科学であれ政治であれそうなのだ。それに比べインドであれ中国であれ学ぶことが少ないのである。確かに宗教的思想的には深いものがあるのだが政治や科学、技術からみると全体的文明としてはバランスを欠くのである。アジアには民主制という概念すらない専制国家的統治がつづいたからである。一人の王に全権力が集中するシステムなのである。東方の王は臣下のために法律を制定したのにギリシャの立法者は社会が自治を行うべき時の規則を設定した。またギリシャには大きな宮殿や奴隷の反乱もなかった。これは人間の歴史で全く例外的なことなのだ。オリンピックも身分に関係なく能力の優れたものが勝利の栄誉を与えられた。平民的平等的社会だったのだ。こういう社会だからこそあまたの天才が必然的に生まれたのだ。こうした自由の雰囲気の中に政治であれ芸術であれ人間の理想がなんであるのか探究されたのだ。

ギリシャ人はこのように多岐にわたりその才能を発揮した民族であり日本も確かに地形は多様であり似ているのだが国際性という点でつながりをもてない国だったのと牧畜などの生活形態の多様性の欠如が文化が国際的創造されない面があた。ただ現代は国際性という点では庶民レベルで実際に外国で学んでいる人の数が多い。どこの国にも必ず日本人がいて語学の勉強などと一年くらい平気で生活しているのだ。仕事している人も多いからこういう人達も影響を与える。この影響は大きく新しい文化を生むエネルギーとなることは確かである。また一人の天才であれ個性ある人が何人かでもいると相乗効果で創造の世界が広がるのである。ルネサンスはそうした天才の相乗効果から生まれたのだ。上野氏という強烈な個性からはやはりいくらでも学び発展継承するものがあるのだ。個性がないなら対話さえできない、日常の卑近なことさえ個性がないなら話す必要すらないのである。言う事がわかっているからだ。個性があるとき対話も無限につづくのだ。全体主義の組織化した人間との対話は成り立たない。言うこともすることもみな同じだからだ。このように一人の個性豊かな人間は精神的には限りない恵みを与えているのだが組織人間からは一様に排除される。組織人間の価値基準は権力であるからだ。権力にはいろいろな要素がある、経済も政治も権力であり量で数で計られることなのだ。個性よりは量が数が問題になるからかえって個性は排除されるのである。それにしてもギリシャの今は菜の花とロバと遠い過去の遺跡だけでヨーロッパの田舎になっている。その栄光は過去にのみなってしまっていたのである

ギリシャの地形(ヨ−ロッパの詩)



   

   
グローバリゼーションの影の部分

ジェノバのG8会議で経済のグローバリゼーションに反対するデモで一人死んだ.この抗議の背景は何なのか、南北問題である。世界の貧困層がますます貧困に追いこまれる.それは資本の非常の論理は人間的なもの文化も破壊するということである。その分かりやすい例が人間も金で容易に売買されることになることだ。

 貿易の卯(ぼう)閉じている門をこじあけて中の貝を宝を奪いとることまたは女性を犯すことにもイメ−ジされた字だという。ということ貿易にはそうした意味がもともとあり弱いものが貿易では損することになっている。アイヌが和人との取引きでだまされたように経済というのはやはり上下関係から成り立っていて弱いものは損するのである。その余りの金の価値の相違自体が侵略なのだ。経済的に優位なものは経済侵略になるのだ。10倍も金の差があると常識的な経済感覚から離れてしまう。それが人間を傲慢にさせ女性を貿易させる、犯してしまうことにもなるのだ。

「若い若い・・・」とか悪魔的笑いがそこに木霊しているのだ。一回5ドルだとか十代の女性が食い物にされているのだ。毎日日替わりで女を変えて白昼脇にはべらせてふんぞりかえっている。あの姿は最低である。まさに東鬼である。あれが日本人の姿なのかとそして戦争中も同じではなかったかと・・・今美化されつつある戦争のことは疑問である。やはり日本人はアジアに対しては優越感を抱き見下し支配しようとしたのではないか。確かにすべてがそれだけとは言えないがあの姿を見た時昔と変わらないことを感じたのである。こうしたことは人間の歴史の中で繰り返されて来たことだし他にも人間のすることは世界中で共通なことが多いから一地方の伝説でも同じようなことが外国でも起こっているので人間はすることは世界中で変わらないことがわかる。こういうことに無関心で容認されていることもわからない。その立場にならないと人間はわからないのだ。例えば沖縄でアメリカ兵に日本女性が暴行受けると騒いだがでは日本人はアジアで金の優位で同じことをしているのだ。アジア人が日本人の女性を買いにくることはできないからだ。欧米には逆らえず卑屈になり貧乏なアジアでは居丈高になる。この図式は明治以来変わらないのである。福沢諭吉が脱亜入欧を唱えアジアを蔑視したことに始まり学問を立身出世のためのものとした。武士の身分制社会から学問による能力平等社会にした。この悪弊が今日も続いている。東大閥とか官僚支配とか慶応大学卒の社会的な活躍とか何か日本社会のエリート形成で問題があったことは否定できない。すべてが利を優先する社会である。早稲田の伝統としては野に下り社会を正すという伝統があったようだが今はそれもない平均化した大学となっているのだろう。こうした差別は常にあったのだ。

   みちのくの子捨川や冬の暮

この子捨川とは大和政権に征服されて捨てられた蝦夷の子供を哀れんでついた名らしい。伝説とか歴史は現代と関係ないものではない、密接に連綿と人間の業として同じことを繰り返しているのだ。フィリピンには日本人の子供がたくさんいると問題になったり必ず外部から強いものが入ってくると弱い土地のものはふみにじられる。カンボジアでは腹ただしくなった。日本人の中高年のものが買春を昼間からプノンペンの大通りで堂々としている。そのために集まっているのだ。何ヶ月もいるものもいる。カンボジアで地雷に足をやられて片輪のものやら20代のものには三分の一が父親がいないとか悲劇があった。私も人間の骨で埋まったや骸骨の山を見てきた。この世の生き地獄を経験したのだ。その混乱の後にやってきたのが外国からの買春である。日本人だけではない、世界中から集まってくるのだ。経済的格差が極端だと貿易すら成りたたない。一方的に力の優位なものが踏みにじることになる。G8のあの猛烈な反対行動は実体は何なのか今一つつかめないのだがこうしたものに怒りを感じた若者の行動なのだろう。イスラム原理主義もこうした経済の不平等から行動している面があり宗教だけではない、貧乏な国では先進国に対する不満が渦巻いているのだ。アメリカの問題は富が集中することだ。アメリカ人は全部が豊かではない、一部の企業家に莫大な金が集まる.そういう金は世界の貧乏な国から吸い上げられた面もある。そういう一部のものに富が集中するのは世界的にみると不条理なシステムなのだ。


郵便
  
   
過去になる郵便

歩いて旅行く若者がいた。荷物を背負い坂を越え次ぎの町くらいまで着くかもしれない。その後ろ姿を見送った。

   
もう一里徒歩行く人や夏の夕
   
    ひぐらしやもう一里行く旅の人

結構歩く人いるのだが歩き通す人はいないように思う。何故ならどうしても汽車やバスを利用するからだ。しかし歩く人を見ると驚くのだ。自動車社会の中で歩くということ自体驚異になっている。それは人間として当たり前のことだったのだ。人が歩いて旅していることが新鮮に見えるのだ。歩くことは自然と人間に共感することなのだ。自動車は人間と自然の共感を遮断する。便利ではあるが人間として歩くという基本的な行為から感得するものを技術は奪うのである。でもいくら現代では歩いて旅しても山頭火のような人はでてこない。何故なら自動車のひっきりなしに通る国道を歩いているからだ。歩くという行為がそうした環境と合わないのである。ネパールとかインドでは裸足で歩いている人がいる。あれにはさらに驚く。毎日何十里も歩くのが普通の生活なのだ。こんなことに驚くこと自体文明人は異常になっているのかもしれない。技術により得るものはあるが一方で必ず何かを奪うのである。旅を考えると自転車と歩く人は旅しているがそれ以外はバイクでも旅しているとは思えない。バイクだってもう一里どころではない、もう十里くらい軽く行ってしまうし日本では余りに狭いことになる。芭蕉の旅も歩いたからこそ奥の細道がある。しかし現代ではいくら歩いても環境が違うからあの旅情を味わうことはできないのである。歩いた旅人ととしては山頭火が最後の人である。歩くことにより見えたものが現代では見ることができない、歩くことによる出会いとか様々なそれに伴うものも感じることができない。人間がただ歩いて旅していることに感動するというのも変なことである。街の通りにしても歩くということがなくなっている。街が歩くことを基本に作られたとすると自動車社会では無用のものとなってしまう。自動車が社会を変えてしまったように電子社会も今まで当たり前だったことが当たり前でない世界に変えてしまう。

北海道の紋別から一通のハガキがきた。たまたま紋別市の手前の森の中にあったライダーハウスに泊まったのだ.そこは手作りのログスだった。遊びで樽を利用した泊まる場所を作っていた。それで樽に寝ていたいうデオゲネスを思ったのである。一人牡蠣の養殖を手伝っている九州からきた青年がいた。5度くらいで紋別は寒かった、寒いということが印象に残った旅だった。メールのアドレスがあったので返事だしてみた メールは届かなかった。パソコンにはこういうことがある。ハガキはどうして運ばれたのか飛行機できたのか何かわからないけどとにかく人の手をへてここまで運ばれたものでそれなりに距離感がある。しかしメールには距離感が欠落しているのだ。一瞬にして着くからだ。北海道には古い駅逓がそちらこちら忘れたように残っているがあれは馬などではるばる手紙がやっと運ばれたものなのだ。自転車ではるかに遠く小さな牧場に朽ち果てるように残っていた駅逓があった。どのくらいの日数がかかったしれないがやっと北海道の遠くに人の手で運ばれたものなのだ。こうした距離感さえなくなるのも人間が便利になり失うものでもあった。ハガキは今やそういうことを思い出すものとなっているのだ。

     
駅逓のもの寂び残る北の果旅人来たりて夏の日暮れぬ

    紋別によりにし宿の遠きかな夏に届きぬハガキ一枚

郵便配達の人が一軒一軒猛暑の中郵便を配る。

     
一軒一軒郵便配る暑さかな

これも電子のメールの世界から見ると過去になっているからこんな句ができたのである。何故なら小泉首相のメールマガジンは200万通も配布されてもその手間や手数はこの郵便を配る作業に比べればものの数ではない。自動的にコンピュタ−で配布さえるのだから。そこに人間が苦労して配るというものは感じられない。この電子社会というのは今までの世界からは解釈できないものである。つまり人間が電子化される一つの電子頭脳化されるという考えられない世界でもある。メールにしても電子の速さでつくということは馬車から汽車から飛行機でメールを運ぶ世界とは根本的に違う。距離の感覚がなくなり頭脳が電子で結ばれるという全然今までとは違う世界であり今までの世界をあてはめることができないのでみんな戸惑っているのだ。電子空間のなかで電子幽霊のようにさ迷うような状態にもなりうる。今までにはない世界であり便利なのだが人間の人格の喪失とか危険性も潜んでいる。匿名性というのもそれを進めるのだが電子の世界そのものが匿名的であり一つの電子頭脳化する世界なのだ。検索機能はまさに今までにはない巨大な世界的図書館化を進めているし日々増殖し細胞が網の目のようにリンクで結ばれてゆく。

 一冊一冊個別に本を出し並べるというようなものではない、そうした物として分類するのではない、電子化とは一つの世界の頭脳化を目指しているのだ。おそらく本というものも過去のものになり骨董品のような価値がでてくる。本も電子社会になれば過去のものになり郵便のように別なもの過去を歴史を回顧するような古文書的資料的価値を持つものとなる。人間はどうしてもなんであれ危険であれ便利なものに向かうからである。自動車がこんなに事故があり危険なのに保険制度で命を金で償うまでして自動車社会の整備したことは便利さを優先したからである。電子社会でも出会い系サイトで殺人が起こったりしているが法が整備されたりして推進されてゆく。ここではなにがあっても交通事故のような毎年一万人も死ぬ世界ではないのだ。自動車社会を作るためにどれだけのことをしてきたか公共事業もそのためであり膨大な金が費やされそれで地方も恩恵を受けたのだ。電子社会のインフラ整備は意外と早いように思う。何故なら近くの国道に光ファエバーの敷設をしていたからだ。幹線であるらしいが道路作るよりは早く整備できるのである。



  
靖国神社参拝の是非(政教分離問題)


今回の靖国神社の首相その他大臣の参拝で政教分離が問題になった。靖国神社そのものが国民にはどういうものなのかわからないのだ。靖国神社が宗教施設なので外国人はお参りに行けない。ではどういう宗教施設なのかというと国家神道により天皇に命を捧げた人を祭る施設となる。その歴史は明治維新の時、官軍として戦った人を祭ったことが起こりである。だから賊軍とされた会津の人が同じように祭ってくれとインタ−ネットで言っていたのもなるほどと思った。賊軍にされた人の恨みは今でも残っているのだ。西郷隆盛は官軍として戦ったが後に賊軍となったためには祭られていない。靖国神社は天皇のために戦った人を祭ったのが起こりであった。そもそも明治維新が徳川の政権から天皇の政権に戻す革命でもあったのだ。そこで排仏棄釈とか仏教の弾圧があった。国家神道には信教の自由を保証していなかった。内村鑑三が天皇に礼しなかったということで不敬罪で要職から追放され非国民とされたのも天皇には絶対服従が要求されたためである。ある意味で神であるから礼拝が強要される。

天皇が絶対であるとすると他の神は認められないことになるのだ。戦後政教分離の法律が適用されて靖国神社は一宗教法人となった。政教分離で国家が管理できなくなったのだ。一宗教法人の施設に国家の首相が官僚が大臣が参拝することは政教分離の法律に違反する可能性がある。例えば創価学会の議員が多数になり多数の大臣が日蓮宗にお参りするとなるとこれも強力な示威行動になるしそもそも創価学会の施設は宗教施設である。会館では題目をあげ選挙活動にも利用される。他の人は宗教が違うのだから利用できない。それと同じように靖国神社も宗教施設だからその神を奉じるものが祭られるのである。そこに大きな問題があり政教分離に違反する面がでてくる。君臨すれど統治せずという天皇であっても国家神道の宗祖である天皇を全国民の頂点にいただくとうことも政教分離に違反するかもしれない。昭和天皇が靖国神社にお参りしなくなったのも不自然なことである。何故なら天皇のために死んだ、その本人がお参りしないことは矛盾そのものだからだ。それこそ不敬なことではなかろうか。戦死者の御霊を安んじるのは天皇であったからだ。戦犯が祭られているから参拝すべきではないというが彼らも天皇のために死んだのであるから祭られたのである。戦争責任を追及したら天皇そのものが罰せられることになる。だからタブーとなっているし戦犯の問題も同じように分祀できないのである。

戦争の是非はともかく天皇と一体となって存在した日本が起こした戦争は宗教戦争でもあったのだ。イスラムでは聖戦となれば死んだら天国に行くということで望んで死んでゆくことになる。イラク・イラン戦争がそうだった。わからないことは同じイスラム教の戦いだったことだである。死んだら神になるといって靖国神社で合おうといって死んでいったものは信仰的行為としての戦いに身を殉じたのだから外国がどう言っても神として祭られるのである。矛盾であろうが信仰団体の場合、池田大作のために麻原のために宗祖のために身を捧げることがある。日本国家がその時天皇を神とした宗教戦争だったという一面は否定できない。カルト国家状態になっていたのである。だからその過ちを指摘するとき戦略がなかったとかアメリカにはめられたとかいろいろなことを言うが宗教戦争と化したこと宗教そのものの過ちがあった。創価学会が政教分離をたてに靖国神社参拝を批判することなどできない、彼らこそ日本を宗教による戦前のようなカルト国家にしようとしているからだ。国家と宗教が一体となった政教分離の問題が天皇問題にもあったことになる。とにかくそうした様々な矛盾を集約したのが靖国神社なので複雑なのである。

政教分離の問題の難しさはヨ−ロッパのような宗教による悲惨な過ちを経験していないからだ。一千年以上も世俗の権力とカトリックの権力との熾烈な争いを経験していない、それはヨ−ロッパの歴史そのものだったのだ。つまり法というのはそうした歴史的必然から生まれたのであり偶然に生まれたものではない、血みどろの闘争を経て生まれたものである。それが日本にはないから理解できない大事なものとして認識できないのである。もちろんヨ−ロッパにしてもナチスが生まれたごとくその法を生み出した文明国でもそうなのだから現代の文明社会も法など簡単に踏みにじられしまたカルト国家になる。なぜ法より間違った宗教であれ世を容易に支配してしまう力があるのか民主主義もそれを助長するものとなるのかここに人間が人間を統制できないかんともしがたいもの人間がいくら法を整備しても悪魔的なものに踏みにじらてしまうものがあるということなのだ。

この世が本当に法でもって世界も治められるなら平和がくる、世界になると国際法なども力が強いものが正義であり無法地帯になってしまうのだ。法の前には宗教があり宗教が法律だった。だからキリスト教徒でないものインカの民は果たして人間であるかどうかが真面目に論議されたのだ。異教徒は人間でないとすると人権もなにもない人間として扱われないことになるのだ。日本にも天皇をいただく日本教徒が優秀でその他は劣等だという意識があった。特に東南アジアではそうだった。土人と言っていたりしていたからである。そこに差別があった。アメリカが日本に原爆を落としたのも差別が一つの要因だった。何故ならヨ−ロッパには原爆は落とさない、何故ならヨ−ロッパはアメリカの祖先の国だからだ。アジアにあんなことができたのは人種差別があったことは確かである。宗教はそれを助長するのだ。宗教団体の人達はなんであれ俺たちは選ばれた人間で外部のものは支配されるべきものとなるのだ。フランス革命でも宗教に関係なく人間は平等で自由だと宣言したのも宗教の重荷から解放されたという宗教に縛られたヨ−ロッパの歴史から生まれたのである。政教分離もそうであった、余りにも宗教というのが良きにしろ悪しきにしろ歴史に刻印したのがヨ−ロッパだったのだ。



 
国民主権の意味

1 日本国の主権は国民に存する。
2 日本国民たる要件は法律でこれを定める。

近代国家、民主主義国家は国民主権である。しかし歴史をふりかえれば国民という概念も近代国家も作られたのはここ百年くらいであり国家も国民も存在しなかった。王がいてそれに従属する貴族やまたその下に従属する農奴や外国人の奴隷がいた。中国やペルシャやエジプトであれこれらの強大な帝國は一人の王がいてその下に階層があり国を形成した。国民主権などありえないのだ。日本にしても国民など存在しない。小さな部族がありそれを治めるのが君でその多くの部族を治めるのが大君(天皇)となった。日本の国はこの大君の下に階層的に有力な氏族が仕え国を形成した。天皇と臣下が国を作ったのであり国民ではない。部民とか封建時代なら領民とかになりいずれかの権力機構の中に従属していた。そうしなければ身の安全も守れないのだ。江戸時代でも藩が独立した自治政府であり犯罪を犯しても侍が藩邸に逃れると町の奉行も立ち入ることさえできない。藩邸は治外法権の場になっていたのだ。外国人と同じ権力を有していた。今では国民の安全を守るのは警察だが江戸時代は藩という組織であった。

国民とか国家という概念は新しいものなのだ。国民よりヨ−ロッパの歴史ではcitizen(市民)という存在があった。外国に入る時どこの市民(citizen)ですかと聞かれて戸惑う経験をみなしている。どこの都市の人かといっても都市に住んでいないものもいるし困るのである。これも歴史的の思考からくるものなのだ。ギリシャでの国はポリスである。ポリスは市民になる。今ではポリスは警察だがまさしくポリスの住民はポリスが守る。ポリスは一つの強固な共同体であり自衛組織でもあった。ギリシャの場合はその独立したポリスが各地にありポリスの同盟が大きな連合体となってペルシャなどの大国と戦うことになったのだ。ポリスの規模は小さかった。アテネでも20万くらいだったのだ。アテネの民主制は直接民主制であり本当に顔見知りの狭い範囲での直接討議するなかでの民主制だったのだ。それが現代とは根本的に違うのだ。そういう狭い範囲での民主制だから一人一人が責任と義務を伴うことになる。今のようにそこにマスコミなどのメデアが介在しない、大衆を煽動するようなメデアは存在しない、直接戸外で語り合う世界の民主制なのだ。平民が重装歩兵として密集隊形で戦いに参加することから民主制に目覚めたというのもポリスは自ら守るんだという意識が醸成されたのだ。

明治維新の騎兵隊も農民などが参加し西南戦争では平民が侍を相手に戦い国民軍という意識が形成されたとにている。つまり侍に守られるのではない自らが戦い守る戦士になった国民は幕府時代から決別したのだ。しかしその時も国民軍ではなく天皇の軍隊であり臣民としての軍隊であった。国民の意識とはまた違ったものであった。とにかく日本にはギリシャのポリスであれ中世の自由都市であれ自治都市が存在しなかった。そもそも市民とか国民とかが存在する歴史的基盤が存在しなかったのだ。

「織田信長公が軍費に充てる為め堺の納屋持衆(なやもちしゅう)に重い納屋税を賦ける様に命じた。驚いたのは納屋衆である。今日まで未だその様な前例が一度もなかった、それに、権柄づくで納税を命ずるその振舞いが、納屋衆の癪に触った。そこで或日、納屋衆の三十六名はこれが善後策に就いて協議する事となった、が結局は、この不法な命令を許して貰うより仕方がない、就ては、代表者が尾張の信長公の元へ行って哀願せねばなるまいと云う事となって、代表者十名が選まれて、行く事になった。信長公は十人衆の陳情を聞いたが相手にせず、遂に十人衆を牢へ投げ込んだ。牢へ投げ入られた一同は何とかしてこの事を、堺の納屋衆に知らしたいと言うので、或嵐の夜、闇に紛れて二人丈け逃げ出し、そして夜に日に継いで堺へ帰ったが、直追ッ手につかまって殺された、牢に残った八名も同罪だと云うので殺された、十人衆は遂に堺の街の利益の犠牲となったのである。
堺市南旅籠町東一丁臨江庵にこの十人衆の墓石が残っている。三十六人の衆は今日の市会議員の様なもので十一人は市参事会員格だとの事である。」

日本では都市の自治は許されなかったのだ。それ故市民も存在しないから市民の法律とかも作られないし天皇に忠誠を誓う忠義の徳が武士道とともに残りそれが戦争の犠牲の精神となり靖国神社に祭られたのである。市民による国民による自主防衛の戦いではなく天皇への忠義としての戦いだった。市民として国民としての戦いで死んだなら市民が国民が都市に国に尽くしたものとして記念される。それは国立墓地に葬られ哀悼の念をここに捧げる。それは天皇のものではなく市民共同体、国民の同朋として歴史的な記念の場となるのである。

法にしてもポリスの市民が直接討議して作ったからその法を尊び守るべきだという意識が強かった。ソクラテスが悪法でも法は守らねばならぬと言って死んだのも法は与えられたものではなくポリスの市民としてみんなが参加して作ったものだから守らねばならぬ。今にはない法を尊ぶ強い意識があたのだ。ポリスという狭い範囲だから余計そうした意識が強かった。ハムラビ法典などは王が作った法であった。王が絶対的力を持っていたのだ。ヨ−ロッパの歴史の基礎にはギリシャがありそのデモクラシーも人類の歴史からみると例外的であったのだ。エジプトにしろ中国にしろその墓まで共通性があるのは強大な王権国家ということで墓までにたものになったのかもしれない。そもそもアジアやイスラム圏の停滞は民主制などない強大な王権国家にあったことは否定できない、イスラム教国家でもスルタンとか王が強大な権力を持ち腐敗したのである。ヨ−ロッパの歴史はローマにギリシャに回帰してゆくのもそこに現代の文明の土台があるからなのだ。

とにかく日本では市民の法とか契約とかというのを歴史的に育てたことも作ったこともないのであるから理解しにくい、理論的に勉強しても歴史的に血となり肉となっていないのだ。靖国神社の問題もヨ−ロッパに歴史を持つ近代国家の原則の法を優先するのかそれとも日本の古来の伝統を重んじる歴史を優先するのかというむずかしい問題をかかえているのだ。憲法に主権が国民にあるという時その国民が何であるのか国民としての態度や責任や義務が問われるのである。すでに命令されるだけのものではない主体的に国にかかわる責任と義務を果たさねばならぬ市民を目指すことになるのだ。
しかし一方で日本の歴史を作ったものは誰なのか、明治維新は天皇をテコとして成ったものであるからその功績故に靖国神社に維新の志士を祭ると靖国神社のホ−ムペ−ジにある。維新を成したのは百姓でも大工でもない天皇に忠誠を尽くした人である。そういう歴史観の上に日清日露大東亜戦争の犠牲者も天皇に忠を尽くした故靖国神社に祭る。それも一理なのだがその戦争も敗北した故明治維新のような理屈が通らないのである。つまり日本文明の論理と世界が衝突した矛盾の結果ともいえる。国民主権というのは法にあるだけで歴史的血肉化したものではないので法も守るという意識に欠けるのである。確かに国民主権ではあるから
天皇を廃止できるかもしれないが国王をギロチン台で処刑した革命になるかもしれない、暴力的な抵抗が予想されるし国民がそれを覚悟なら憲法も変えられることになる。


              

  
現代の妖怪(メデアが育む妖怪)

ぼくには見える地球上の名もない石造りの建物が・・・・世に知られぬ事件、英雄、記録の神々しい伝言が・・・・
ホイットマン(草の葉)

現代は妖怪とか幽霊とか魔物化け物とか妖精とかこういった非科学的なものを否定する心で一杯である。現代人は科学的で合理的で理性を重んじる人間を模範としている。しかし皮肉なことにこれとは逆な現象が起きているのが現代である。つまり妖怪が幽霊がいたるところに跋扈するようになったのも現代である。ナチスも現代が作り出した妖怪の代表だった。江戸時代くらいまでは人間の生活する範囲は限られていた。城を中心として村単位で生活していた。その生活はあらゆる面で有機的に関連していた。物も人間も自然もあらゆるものが一つの小宇宙として心に刻まれていた。モノはモノがつくとか物は心も意味していた。モノと心と切り離されたものではなかった。万葉以前は我という意識すら持ちえなかった。われとは割れるからきた言葉で我は部族のなかで存在しえない言葉であった。キミは部族の長だから我が存在しなくても存在した。個というものを認識できなかったのだ。身も心も部族は一体のものだった。ギリシャのポリスも強固な人間が一体化した共同体であり現代の東京都民などという化け物的巨大都市ではない。

こういう共同体の中で作り出される神とか妖怪とか魔物はまた違ったものである。人間は知られていない地には妖怪、魔物が棲むとして怖れた。妖怪とは人間の心の怖れなどから生み出されるもので外部になくても作り出されるわけである。悪いことした人は今でもこうしたものに悩まされる。地震雷火事親父と恐れたが雷は被害が少ないのに怖れられたのは得体がしれないからであったろう。水害の方が被害が大きいからだ。雷はまさに神が鳴るになっているからだ。江戸時代まで人間の認識範囲は非常に狭い範囲に限られていた。江戸のことにしても京のことも憧れの一生に一度行ければいい遠い夢の世界だったのだ。人間関係も村八分など極めて閉鎖的な世界だったのだ。私の町に残っている民話でどこからか来た得体の知れない麦つきを手伝った若者は巨大な大蛇として退治された。よそ者は異常なほど警戒されたし村はよそ者を恐れたのである。これは世界共通である。テレビでやっていたがある村ではよそ者が入ったらその足跡まで消して他者の侵入を恐れたのだ。

NHKの番組のラオスのモン族の話しは面白かった。半分しか見なかったが牛を追い少年が昔話、民話を糧に生きている。それを語ることが生きがいであり希望となっている。民話は一つは達成できない願望の代償でもあった。一寸法師は小さい体でも知恵を発揮して都に上り幸福になる。一寸法師とは日本人のことでもあった。山国育ちの世界を知らぬ思い上がり身のほど知らぬ日本人は世界にたたかれたのだ。こうしたことはラオスの山の中でも語られる。金銀を掘り当てる話しとか王様に認められて贅沢な暮しをする話とかがあくことなくかたられる。それは貧しい生活の中でのかなえることができない願望の代償なのだ。しかしその語りは学校で学ぶ語られるものとは違う、小さな村の共同体のなかですべてが現実の世界と結びついた実に生き生きとした世界の語りなのだ。今これは田舎でもできない、共同体は分解しているし共通の世界の物語を持つこと語ること自体ないのである。家というもの自体が核家族化して崩壊している。そもそも家が口承文化を伝える場所だった。ばあちゃんやじいちゃんが囲炉裏を囲んで語って伝えられたものである。聖書にしても家族の伝承だった。家族が基本にあったのだ。家族にはどんな家族でも物語があるものである。家族が歴史の基本なのだ。

口承文化の崩壊はまた人間存在そのもの危機でもあった。柳田国男が書かれた歴史より口碑を重んじた民俗学を目指した。口碑のなかに民衆の歴史、息ずかいを感じようとしたのある。書かれない言い伝いとか歴史はいくらでもある。地方にもどこにでもある。現代も書かれない歴史、忘れらる歴史はいくらでもある。確かにそれは誰か一個人でも語れば死者もその語られることにより生きることになる。日本の戦争の悲劇がなぜあのように無惨なものとなっているのかというと実際は語られないものとなっているからだ。もし悲劇であれ古代のように語られるものなら救われる面があるし後世への教訓となり戒めとなり言い伝えられる。それが植民地解放戦争とかなんとか現実味のない戦争の美化は納得できないのである。確かに神話はフィクションであっても何事か真実の反映であり事実の歴史である。タイタニックでみんなが感動したのは事実があっての物語だからだ。そこにフィクションであっても死を前にしての人間の美しい物語に昇華された。それに涙するのも単なるフィクションでないからである。神話であったらそういう若者は星になった。永遠に輝く星にしたいのが人間の情なのだ。歴史はヒストリー・・・ストリー(物語)なのだ。日本の戦争の悲劇はこの物語が与えられないことなのだ。最も悲惨なのはナチスの戦争であった。人はその前で言葉すら失う絶句するしかない現代文明の壊滅的姿を目の当たりにしたのだ。ここにはもはや物語りすらない語ることさえできない無惨な文明の破壊を見たのだ。原子爆弾も言葉を絶した終末的壊滅でその前に唖然としてしまい言葉を失う世界であった。ナチスという現代の妖怪がどうして生まれたのかそれは文明そのものから生まれた妖怪だったのだ。

子どもの後ろにはおじいちゃんやおばあちゃんたちも座っていて、「へぇー、あんなのがいるのかねぇ」とつぶやきつつ、みんな口をぽかんとあけて画面に見入っていました。ウルトラマンの画面の前では、お年寄りたちは語る言葉を急に失ってしまった・・パヌンのかぼちゃ畑

ウルトラマンをどう心の中で昇華していいかわからないしモン族の世界では語りえないものだったのだ。テレビがいかに人間の心を惑わすものかわかる。モン族や昔の人が見ていた感じたのは風の精とか森の精とか花の精とか自然の中に息ずく精霊のことでありテレビとかに出てくる妖怪、偶像ではない、それはテレビに映るものよりリアリティあるものなのだ。現代はテレビとかゲームとか映画にでてくる妖怪である。人間は今かつてないバーチャル空間に生きていて現実味を失い妖怪化幽霊化しているのだ。湾岸戦争もゲームのように行われたし人間の生々しい悲惨さはテレビでは伝わらないのだ。

現代はまさにこのブラウカンの妖怪に席巻された時代でもある。ナチスは現代の恐るべき妖怪だった。現代人はゴジラのような大都会のビルを踏みつぶすようなものを好むのか、それはゴジラが現代人の英雄であり現代人の持っている不満を解消する代償的英雄でもあるからだ。大都会の醜悪さにゴジラはマッチしているのだ。ナチスが出てきたのも上野氏がいうように文明とは切り離されない混乱と狂気的文明が生み出した妖怪なのだ。この妖怪はオウムの麻原となり池田大作となり訳のわからないミイラ教の髭モジャの妖怪を生み出す、テレビとかマスコミはこの妖怪を育て飼う場でもあるのだ。小泉首相もテレビを通じて一つのアイドル化して妖怪化してゆく面があった。

人間が「全国的に広告される」「商標になるのは普通のことである。」これは新しい種類の空虚さなのである。・・幻影の時代(D.J・ブーアスティン)

小泉首相もまさにたちまち空虚な存在になるのも早い。何故なら何かを成し遂げた英雄でもなんでもないからだ。現代文明は妖怪に席巻される十分な要件を備えている故、ブラウカンの妖怪にナチスのように席巻されることはまたありうる。文明から必然的にゴジラのような妖怪が生み出されるのだ。民衆の生み出した妖怪は一つの共同の文化の所産であり無益なものとはいえないが大衆の生み出した妖怪はナチスのような神の手からも制御できないような恐ろしいものだったのだ。口承文化が失われ若者は言葉を失った世界でギャング化し暴力的破壊的になるというのも本当だろう。ゴジラのように暴れだしてくる。こうした醜悪な文明に適合している人間が美しいものを生みだすことはない。イログロナンセンス週間誌的テレビの俗悪番組くらいになる。ということは現代文明はモン族より劣るともなりかねないのだ。しかしモン族を引き裂いたのはアメリカというゴジラとソ連というヒドラか大国のエゴであった。その狭間でモン族は引き裂かれた。モン族は漢族の支配から山に逃れ独自の文化を伝えようとしたが今や世界の紛争は国際化するからあんな山奥でも容赦なく紛争に巻き込まれたのである。


  タイタニック

それは人間の技術の驕りだったのか
絶対沈まない豪華な船
華やかに着飾る紳士淑女
虚栄と偽りの社交界
そこは虚飾の惑わしの美
それが一瞬にして阿鼻叫喚の場に
一人の貧しい青年が力つき海に沈む
恋人に手を握られながら
深い海に沈んでゆく・・・・
そのような青年はいなかったにしても
純粋なる心のものがその志を果たせず
深い海に沈みしことはある
その体は空に砕け散り
そのむくろは深い海に沈む
しかしその心は死なぬ
その心は真珠となり
その深い海から浮かび揚がり
夜空の星と輝かん
ただ一人の心美しい青年が
悲劇のなかに清らかな星と輝く
すべて朽ちゆくもののなかに
一人のものが永遠の星と輝きわたる
神の一人子イエス・キリスト!
なべては水に沈み砂に埋もれ火に焼かれ
その残す物は栄光の残滓に過ぎず
誠に美しきものは見えずこの世に残らず
心に実るものは見えず
天の星となり輝くもの
地に栄光を求めても虚しく
地にあるものはいずれすべて消える
地に成るものを神は嘉みせじ
目に見えず天に成るものを嘉みする
その時心美しきもの清らかなもの
それは星座のように固く結ばれ輝きわたる




パヌンのかぼちゃ畑


現地でモン族の民話の保存をしている、モン族のお話が一杯

語り部(べ)じいさんの住む山で 〜ラオス・ゲオバトゥ村

参考にした本

幻影の時代(マスコミが製造する事実)d.jブーアスティン


本が死ぬところ暴力が生まれる バリーサンダース
(電子メデア時代における人間性の崩壊)


    海を制するものは世界を制する

文明はまず川の辺に生まれた。黄河、揚子江、インダス、ユーフラテス、ナイルと大河が文明を育んだ。インカとか山に栄えた文明は特殊である。人間にとって水は何より大事なものなのだから当然であった。また川は陸地の道となった。中国でも皇帝の成すべき主な仕事が治水であり運河を造ることであった。ヨ−ロッパでもライン川のように川が運河のようになりライン川に沿い中世の城がいくつもあることに驚いた。ラインを利用して行き来する船が多く通行税がとれたのだ。それで通行税をとる塔が川に立っていて欲深い司教が多額の税を取り民に恨まれた伝説が残っている。エジプト文明がナイルの恵みによると言われたごとく川は最初に文明を作る役割を果たした。でも文明は陸を根拠にしたもので陸を制覇したものが大帝国を作ったのだ。一方地中海文明は早くからフェニキア人の活躍などで海洋文化が作られていった。アルファベットはフェニキア人の発明で地中海に広まりギリシャ語に引き継がれた。

川の文明があり陸の文明があり次に海に乗り出す文明がある。陸に留まる文明は衰退したのである。エジプト文明もペルシャ帝國も中国の帝國も陸に留まり衰退したのだ。ペルシャがギリシャの海戦で敗れたのは海に乗り出したギリシャの勝利で歴史的に大きな意味があったのだ。スパルタは山国のスパルタ国家でアテネは海に乗り出す海洋文化の国だった。会津が山国のスパルタ国家で南の海と通じ外国と通じた薩長に敗れたのと似ている。海戦が歴史の転機になることが多い。日本が唐と新羅の海戦で敗れたこともその一つであり世界史的にもスペインの無敵艦隊がイギリスに敗れた時海の覇権が移りイギリスの興隆の時代になったごとくである。ロシアの長い停滞は海にはけ口を見出せなかったためだろう。イギリスのもう一つの文化的背景としてバイキングによる移住がありそれが海に乗り出すバックボーンとなった。

とにかく地中海をあたかも砂漠や草原の遊牧民のように揺籃の場として世界の海に乗り出したヨ−ロッパが世界を支配するに到ったのも当然である。陸ではなく海を制せるものが世界の覇者となったのだ。最近の説では遊牧民が海洋民になったのだという説はあながち荒唐無稽ではない。砂漠とか草原は航海とにていたのである。星を目印として移動することなどから天文学が発達しことなどにているのだ。例えば北斗七星が妙見信仰を生み出した。相馬藩の9曜の紋も北斗七星の星なのだ。月と太陽を加えて9つになったのだ。これは朝鮮の高麗にも伝わり北斗七星の形に石を並べてある遺跡があった。この北斗七星の起源は砂漠や草原を遊牧するものや商人が位置を確かめることにあったのだ。日本には砂漠や草原がなく星の文化がないことも世界的に見て特殊である。

日本の神は山にいるというのも山国だからである。田植えの時平地におりてくるというのも山には森があり水が蓄えられていて山と平地は密接に結びついていたのである。これも自然の摂理を示したものなのだ。文明を作るものは神の定めし自然の摂理が先ななのだ。科学的に見る前に神話や伝説や古い神々の信仰は自然の摂理を守るためにあったのである。そのタブーは迷信ではなく自然の摂理を守るために今でも有効なものなのである。山の森を守ることは平地も海も守ることにつながるのだ。自然は有機的にみなつながっているからだ。地中海が大西洋に乗り出す訓練の海として機能したようにあらかじめ定めた神の摂理の中で人間も機能してゆくものであり歴史はあらかじめ神に定められていたともいえる。一見人間が動かしてるように見えるものも神が動かしている。神の手がそこに働いている。それを古代の人は直感的に強く感じていてギリシャ神話のように神が人間に介在するものとして多くの神が存在することになった。

椴の木の帆柱を起こして帆柱受けの孔に立て、帆綱で舳に結びつけ、白い帆をしっかりとよった牛の皮の綱で引き上げた。いとも速かに船が走り、塩の海を越えて航海を終えるように、輝く目のアテーネーは、はかれらのために晴れた空をはげしく吹き抜けげる追風を送った(オデッセイ)

この文はあたかも人間が船を操作するより神に導かれて人間が船を操作しているようにリズミカルな文なのである。風を送らないと潮流にのらないと船は進まないからだ。常に自然にマッチして風にのらないと進まない船は神の助けを必要としたのである。

万葉集でも

 
熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎいでな 8

の歌は実に自然のリズムとマッチした壮大な歌である。これは唐との戦いへ向けた出陣の歌とも言われている。大和政権が海を通じて水軍により日本を制覇したというのも海からの制覇が陸を制することを証明しているのだ。弟橘媛が海に鎮められたのもそれを象徴しているのだ。生まれるべくして生まれた海に生きるものの宿命的な物語であった。それは物語を際立たせるためのものであってもその背後には海神の怒りを鎮めるための人見御供は行われていた。城や橋を作るのにも人柱が事実あったのだからあって不思議ではないのだ。

エジプトの地は荒れて、むなしくなる。そして彼はわたしが主であることを知る。あなたは『ナイル川はわたしのもの、わたしがこれを造った』と言っているゆえに、見よ、わたしはあなたとあなたの川々の敵となって、エジプトの地をミグドルからスエネまで、エチオピヤの境に至るまで、ことごとく荒し、むなしくする。エゼキル29


何であれ自分で自分の力でやったというときそこに神の怒りと呪いが下るのだ。芸術家の問題は自分が作ったと誇る、自分にその栄誉を受けることにあるのだ。聖書は予言者を通じて神が成した事跡であり予言者を通じて神が語った記録である。人は借り物にすぎないのだ。永遠の命を与えることなど神しか成しえないからだ。王がナイルが自分のものだと言った時そこに王の大きな驕りがあったのだ。ともかく川も陸も砂漠も森も海もその主はエホバなる唯一の神が支配する場であった。

    私はかみである、神々の座に座って、海の中にいる エゼキル28

人々はセニルのもみの木で
あなたのために船板を造り、
レバノンから香柏をとって、
あなたのために帆柱を造り、
バシャンのかしの木で、
あなたのためにかいを造り、
クプロの島から来る松の木に象牙をはめて、
あなたのために甲板を造った。
あなたの帆はエジプトから来るあや布であって、
あなたの旗に用いられ、
あなたのおおいはエリシャの海岸から来る
青と紫の布である。
あなたのこぎ手は、シドンとアルワデの住民、
あなたのかじとりは、あなたのうちにいる熟練なゼメルの人々である。
ゲバルの老人たち、およびその熟練な人々は、
あなたのうちにいて漏りを繕い、
海のすべての船およびその船員らは
あなたのうちにいて、あなたの商品を交易する。
ペルシャ人、ルデびと、プテびとはあなたの軍に加わって、
あなたの戦士となる。彼らはあなたのうちに、
盾とかぶとを掛け、あなたに輝きをそえた。

                  エゼキル27

いずれにしろ船はすでにその乗組員であれ船自体国際的なものになる傾向があったのだ。飛行機に乗ると自ずと国際的になるのと同じである。飛行機もそうだが何時間の間であれ生死を共にすることになる。事故があれば一緒に死ぬことにもなるのだから。船もそうである。freindshipというのそこから生まれた言葉なのだろう。この詩では船となる木材の提供だけでなく海を渡るには熟練の水夫が必要とした。どっちにしろ人間はいかなる技術を持つにしろ神の手から離れることはできないし陸も海も空も神の手になり神がその座にあるのだ。人が自由にしようとしてもできないのである。現代でもアメリカは海を押さえているから海から陸を包囲しているから覇権を握っている。だから沖縄であれペルシャ湾であれ地中海であれ海を制覇して中東や中国やロシアを押さえる。
「私はかみである、神々の座に座って、海の中にいる」海を支配しないと海の神々の座に座っていないと世界の覇権は維持できないのである。海は広いからとても一国では支配できない、アメリカだけでは支配できない、海は連合が必要になる。freindshipが必要になるのだ。「
私はかみである、神々の座に座って、海の中にいる」陸には一つの神だが海には複数の神がいた。複数の神と同盟を結ばねばならなかったのだ。アメリカの軍の兵器には日本の最先端のハイテクが使われている。熟練なゼメルの人々の代わりが日本のハイテクになっている。ここで想像されることはもみの木、レバノンの香柏、かしの木、松の木と様々な木が用いられていた。当時木の豊富な森があったのだ。船には良質な木材が不可欠だったからだ。フェニキア人が海に乗り出せたのもレバノンにはレバノン杉があったからである。日本にも船と山が結びついた伝説があるように船とその材料となる木のある山と森はは密接に結びついていたのである。

太平洋戦争は海の覇権を巡る戦争で海の覇権を奪われて日本は敗れたのだ。輸送路を断たれ日本の誇る大和やその他巨大軍艦はあえなく海に沈んだのだ。その時すでに空の座をしめるものが海の座も得ることになっていて旧来の大砲巨砲中心の海軍の精鋭部隊は力を発揮せずに終わったのだ。制空権と海上権は一体でないと陸を封じ込めることはできなくなった。日本が最初にシンガポールを押さえるためにイギリスと戦ったのはシンガポールが海の要所だからであった。シンガポールを押さえるとインドシナ半島を押さえることができたためである。つまり日本は陸で敗れたのではなく海の座を奪われたために太平洋戦争に敗れたのだ。今でも中東からの石油の輸送路を断たれると窮地にたたされるのと同じである。海の戦いが帰趨を決する場だったのだ。それにしてもあの戦いは「前門の虎、後門の狼」であり前に出るにも退くにもどうにもならない戦いであった。最後は神風特攻隊という神がかりの無謀と犠牲で終わったのだ。今でも無念の唸りを空に海に陸にたてているのだ。

海の戦いが帰趨を決するものなら平和も海から来る。

   
彼は国々の民に平和を告げ
   その政治は海から海に及び
   大川から地の果てまで及ぶ

             ゼカリヤ 9

海を治めるものが陸を治め空を治めるものが海を治め陸を治める。別な次元の世界が実はこの世を支配するのだ。神が天と地を作ったという時、地は天があって地の意味がり地は天のためにあるのであって地のためではないのである。地がサタンの支配する場であり天は神が支配する場である。なぜそうなのか、神が定めたからそうなのであり地はサタンに属し天は神に属するものが棲むのだ。サタンに属するこの地はだから一向に人が努力しても人の心は変わらず
罪に罪が重ねられ技術の進歩にも関わらず人の心は変わらず世の中も変わらないし変えることもできないのである。むしろ罪は増幅して悪化してゆく様はそれを証明しているのだ。科学絶頂の20世紀の裏を返せば科学兵器による今だかつてない大量殺戮の時代だったことが如実にそれを示している。科学の絶頂期は罪の絶頂期でもあったのだ。人類絶滅の危機でもあったのだ。その恐怖は終わったわけではない、今も核兵器はなくならないからである。国際連合も公平であるわけがないし同盟関係も変わるし人の努力によっては平和はこない、天においてのみ公平と平和は実現するのでありこの地での平和は嘘の偽りの平和であり同盟であり常に変わり信用できないのである。疑心暗鬼の同盟であり平和なのだ。戦争の休止状態が平和であり人は人にとっての最大の敵であり獣と同じ弱肉強食の世界であり持続的戦闘状態の方が人類の歴史の常態であり今もそれは変わらないのである。ライオンは肉食獣は腹をすかせば常に襲ってくるのであり国と国の関係も弱みを見せると隣の国が他の国が襲ってくる、国と国の関係も平和の状態にあることはまれなのだ。それがサタンの支配するこの世でありこれはアダムがエデンの園を追放されてから変わらないのである。

      
ヨ−ロッパの詩(地中海)



       テロの背後にあるもの

今回のアメリカに対するテロの意味は何なのか、ラデン氏が犯人だといわれがソ連がアフガニスタンに進攻した時、アメリカはラデン氏とともにソ連と戦ったのだ。イラクとイランと戦った時もイラクにアメリカは武器を供給し応援したのだ。大国のエゴや身勝手や驕りの結果、小国はふりまわされているのだ。アフリカであれ中東であれアジアであれ南米であれアメリカやヨ−ロッパに分断され仕切られてそれが紛争の種となっているのだ。イスラエル自体イギリスとかアメリカによって作られた国なのだ。宗教対立のことを言うけど欧米がかかわる前イスラム圏のなかでユダヤ教もキリスト教も共存していたのだ。実際の対立構造は米ソの冷戦の時と同じように大国のエゴと驕りによって勢力争いで小国が踏みにじられことに対する不満なのだ。ベトナムもカンボジアもアメリカによる、大国のエゴの勢力争いの犠牲の面があった。イランによるホメイニの革命はイランにアメリカがいた時、イランに旅行した日本人が言っていたが8000人くらいの娼婦がいたという。それにイスラムの宗教国家が反発したのだ。イスラムは性に対してアジアはとは違う意識を持っているのだ。

底辺にアメリカに対する経済第一主義の不満があるのだ。これは日本に対してもあるのだ。経済格差で踏みにじられた国々の不満が大きいのだ。宗教はそうした経済的不満に火をつけるのだ。サウジアラビアにイスラムの聖地がありそこがアメリカの軍が入り汚したというのも一理ある。アメリカは他国にずかずか入って踏みにじってきた。ベトナムでもそうだし日本にたいしてもそうなのだ。いずれにしろテロとかゲリラは防ぎようない、ベトナムもゲリラに負けたのだから、世界を戦場とするゲリラ戦を防ぎようがない。それにしてもアメリカは核兵器やらミサエルや外部に対して万全の備えをしていた。しかし内部からの攻撃には弱かった、アメリカは世界の人を受け入れて発展してきた。しかし内部から撹乱されると弱かった。内部からの攻撃には弱い、トロイの木馬も敵の内部に入った時、もろくも崩れた。巨人の体も一匹の虫が内部に入っただけでさすがの巨人も倒れる可能性があるのだ。

では日本がどうすればいいのかというと日本が余りにも石油とかアメリカに対して物を売るとか相手の国を経済を利するものとしてしか行動していない。商人国家になりすぎているのではないか、そこに外交哲学も理念もないのである。中東を旅行して中東びいきになる人が多い。日本人に好意を持っている人が多い。アメリカが全部正しいわけでないのだからアメリカ一辺倒になるのは危険なのである。アメリカは本土が攻撃されたことがないから他国が攻撃される痛みがわからないというのもテレビに議論で聞いていて一理あると思った。確かに日本は自分で立つ気力をアメリカに負けてから失ってしまった。経済的に利すればいいとなってしまった。もの凄く功利的利口な国家になったのだ。でも利だけで利を動機として動くことは世界から反発される。アメリカにすべて追随するのが危険なのはアメリカが正義の国ではない、正義を言っても正義のために戦うとは限らないといことである。とにかくアメリカに対する不満は世界の底辺国にうずまいているのだ。それが常にテロとなり噴出するからテロがなくならないのだ。

もう一つマスコミ日本の問題としてパレスチナ人が700人も死んでいる戦争状態にあるのに報道も少ないし真剣に自分たちの問題として考えることないのである。パレスチナ人にすれば大変なことでありやりきれないことなのだ。日本がどうかかわるかむずかしい。触らぬ神にたたりなしで関わらずいるのがいいことは確かだが今の世界嫌がおうでも鎖国などできないし世界とかかわらざるをえないのだ。日本人でも世界のどこともかかわらざるを得なくなっているのだ。今回実際日本人が犠牲になったことでもわかる。日本人もどこで被害に合うかわからない、イスラエルではイスラエルの旗を燃やしていた人に間違われて頭をこずかれた。旅行していてもエジプトでも旅行者が被害にあったように国際問題、政治問題とかかわらざるえないのだ。

               参考のリンク

            一冊の本を読まなくても要約的理解のための時事問題リンク

 
    アメリカが育てたイスラム過激派      西欧文明とイスラム文明
            正義という不正義       アラブアフガンとオサマ・ビン・ラディン
                 


  
アフガニスタンの悲惨な状況

アフガンの状況はベトナムと比べてみるとその戦力は劣る女性は戦力にならない、奴隷と同じでありベトナムとは全然違う、ベトナムでは女性も兵士として共に戦った、それからアフガンでは餓死者も年間百万単位ででているという食料不足である。難民も400万でている。いずれにしろこの国の実情はほとんど報道されていないからわからないのだ。子供もほとんど親をなくして失意の状態にある。
ベトナムではタピオカとかの野生のイモが南国なのでいくらでもとれたマレーシアで戦った人が言うには余りにも成長が早いので大きくなるの見ていろといわれたそうだ、見ているまに大きくなるということだ。稲刈りする隣で田植えをしていた。民衆は女性はすでに難民化している、ベトナムでは民衆は生活してベトコンをかくまい助けたのだ。タリバンはイスラムからの助けも得られない、孤立している。

ただ危険な兆候としてナイジェリアでイスラム教徒ととキリスト教徒の争いがあり100人くらい死んだ、これはイスラムとキリスト教側の全面戦争になる危険性をはらんでいる。このニュースは大きなニュースだがマスコミではながされていない。オサマ・ビン・ラデンと似ているとインド系アメリカ人が誤って殺された。イスラム教やアラブ人が無差別に暴行されたりしている。これに反発してイスラムの義勇兵がアフガンに集まると危険である。しかし食料やロジステック、後方支援がないとしたら戦えない、ベトナムとは違い補給路を断たれたら弱い、地形的には有利だが国境線を封鎖して補給路を断つ戦略をアメリカは考えているがこれは有効だろう。そのためには回りの国の協力が必要だ。とにかくアフガニスタンは一つの国かどうかもわからない、各国が入りこんで四部五列した国なのだ。こうした国がベトナムのように戦えるのか疑問だしまたアメリカにしても未知の山岳地帯に入りこんでどうなるのか予測がつかない不安にかられているだろう。

こういう状況にあるアフガニスタンが一体戦えるのか、むしろ平和への道を歩みだしたのにこんな悲惨な内部の状況では内部から崩壊するようにもみえる。とにかくアフガニスタンだけでは戦えない、戦うとしたら世界同時テロの拡散である。それは日本にも及びつつある。日本はどうすればいいのか、アメリカの尻馬にのり行動を一体化するのは危険である。何らかの仲裁役が望まれる。というのはアフガニスタンは困窮した国であり戦争になればますます困窮するし難民は増大し近隣国の大きな負担となり日本にもその責任がまわってくる。

ナイジェリアで宗教対立が激化、数百人死亡か

アジアウェーブ 戦乱の大地アフガニスタン

ソ連介入後のアフガニスタン内戦

これは簡単な現代アフガニスタン史として基礎として読むのにわかりやすい


   
中世世界の残存(イスラムの挑戦)

アラブ人の手は万人に敵対してきたし、万人の手はアラブ人に敵対してきた

田中宇氏のアフガニスタンの侍という記事は面白い。まるで江戸時代の侍の世界がタイムカプセルのようにして残されている。教育も侍と同じで厳しいし近代的法律などもなく報復は自らの手でやらねばならない。仇討ちの世界がまだ残っていたのだ。男らしさとか「「ジハード」はまた、天国に行く近道でもある。ジハードの最中に戦死したら、以前にいろいろ悪いことをした罪深い人間でも、直行で天国に行けることになっている。」という思想は桜が散るように命を惜しまず潔いのを美徳とする侍の思想とにている。遊牧民はもともと部族意識が強く一族の団結に生きるというのも中世から古代の生活が色濃くあの険しい山中に残存した。遊牧民的特質として共通項がある。

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男系の一族意識の強固さ

アジアでは母系社会であり姓が女のごとく男は誰なのかもわからぬ。婿入り婚であり日本でも天照大御神が女性のごとく天皇の祖先は女性だった。アフガニスタンとパキスタンにまたがり
強力な部族が存在し支配的な立場にある。アフガニスタンとパキスタンは結びつきが強いのだ。「タリバンという衣装をまとったパシュトゥーンのナショナリズムの影に怯えることになるのはパキスタンかも知れない。」
タリバンはパシュトゥーン族が中核であることも注意、内戦は部族闘争の面もある。モンゴル族も存在しているが排除され難民化している。
パシュトゥーン人38%、タジク人25%、ハザラ人19%、ウズベク人6% 。概してアフガンに関する統計にはばらつきが大きく、統計によってはパシュトゥーン人が50%を超える、としているものもある。パシュトゥーン人は前述のようにパキスタンとの共通点を多く持ち、タジク人はイラン系、ハザラ人はモンゴル系、ウズベク人はトルコ系、とそれぞれに民族的に異なる

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砂漠が生活の基盤(一神教)

砂漠というのは日本にはないのでわかりにくいのだが砂漠自体が宗教的な礼拝と浄化の場所なのだ。何故なら皮肉なことに何もないということが砂だけの静粛な場は神の棲みたもう場に適していたのだ。常に都会は腐敗の場所だったからだ。砂漠の持っている意味は何もないということであり人間の手によって汚されない場だということである。だからイスラム教というのが砂漠地帯を中心に温存されたともいえる。砂漠というのが中世世界をイスラム世界を温存したことは確かだ。つまり砂漠自体極めて禁欲的な不浄を嫌う場なのだ。砂漠と岩の世界はまた一神教として共通の場であった。

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略奪の正当化

略奪が正当化されるのも泥棒が正当化されるのも理解できないものだが砂漠のような厳しい世界に生きる者は勇敢な行為として奨励された。またそれが生活に不可欠なものとなっていた。略奪婚であるのもそうせざるをえない生活があったのだろう。つまり豊かなものからは奪ってもいいのだという遊牧民の慣わしがあったのだ。遠方の客を歓待するのも遊牧民には情報の収集とか厳しい生活環境から必然的に生まれた習慣である。
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他にも農耕民にはない遊牧民的特質はありこれらを理解しないとイスラム世界を理解できないのだ。つまりタリバンとは何なんだ、イスラム原理主義とは何なんだということが理解できない。タリバンとは神学生の意味でありイスラム原理主義はまさにイスラムの原点に戻る、より厳格なイスラムの教えに回帰するという運動なのだ。今回のテロの背景にはイスラムの中世的価値観と近代的価値観の衝突の結果でもある。イスラエルでの対立もあるが共産主義と自由社会の対立として冷戦があったようにイスラム復古の中世的価値観との衝突も大きな要素なのだ。アメリカや日本など先進国に富が集中するのはイスラムに反する。だからその富を奪っても良いとなるし資本主義的自由社会の物質優先の価値観を否定する行動をとることにもなる。中世的社会からの挑戦なのだ。天皇崇拝による日本の戦争も日本が古代的中世的価値観にあり
近代国家と対立したためともとれる。現代でも政教一致を唱え公然と中世的価値観に戻す宗教団体があり日本だって逆戻りすることもまたありえる。ナチスでも近代文明の矛盾が集約されて生まれたともいえるし近代合理主義文明も必ずしも強固なものではないのだ。

ジハードとかの信仰も中世的な信仰が残存しているためである。タリバンで特異なことは難民として育った若者がタリバンとなっている。親も内戦で無くしたような人が純粋培養されてタリバンの戦士となっている。これはルーマニアで孤児を集めて大統領が精鋭部隊を養成したのとにている。自分たちのアイデンテティを築く国家も家族もない所で育った人達である。こういう人達はタリバンの価値観の中で純粋培養されて他の価値観の世界を知らず極端化するのだ。
とにかく近代化とはヨ−ロッパの社会は宗教からの科学の分離、政教分離やら王制から国民主権とか宗教の中世世界からの脱皮の闘争を経て近代世界が成立したのだ。ところがイスラム世界は中世が残存したまま現代に到りそれがグローバリゼーションの大波に洗われイスラム世界は近代化できず取り残された。トルコなどは政教分離して近代国家にしてナトーの一員になった。しかしアフリカも含めイスラム世界は近代世界の論理が通じない世界として残されたのだ。中世の政教一致の価値観の世界である。不遜かもしれないがこれは近代社会のアンチテーゼとして文明否定として無視できない価値観を示して面白いと思ったのである。

でもあんなテロができたのも世界を自由に行き来できる自由社会だからできたことなのだ。欧米の自由社会の恩恵にあずかってできたことなのだ。何故ならこのテロによりこれからは非常に交通とか通信とか宗教でも制約される。江戸時代やまさに中世世界へ逆戻りするかもしれないからだ。アメリカ内で一千万のイスラム教がいたり様々な自由を許す世界であったからこそあんなテロができたのである。もし思想的な問題に限れば歴史は逆戻りできない、イスラムの中世世界に帰ることはできないのだ。欧米世界が様々な不公平をもたらしたことも確かである。でも人々が自由に行き来して世界の経済を活発化することはイスラムでありみんな一致する望む世界である。ただそこに解決せねばならぬ問題は山ずみである。それが先進国に課せられていてアメリカはそれを果たしていなかったことはいえるのだ。

    アフガニスタンの侍


アフガニスタンの悲惨な状況(2)

中国に追われるチベット人の難民がネパールやインドに中国からの独立を模索するイスラムの人々、中央アジアは民族間の抗争で日本人も人質や学者が死んだ、アフガニスタンは文明の十字路、象徴的な場所だった。麻薬、難民、原爆実験、旱魃の餓死、部族間闘争、過酷な女性迫害、そこに介入する天然ガスの利権をねらうロシアにイギリスにアメリカ、日本など貪欲な大国、こんな最悪の環境からバーミアンの仏像の破壊、アメリカへのテロが生まれたのか、パキスタンもアフガニスタンもこんなところにアメリカが入って行ったらますます混乱は深まり収拾がつかなくな
る、


     
パキスタン:アフガニスタン難民への迫害と警察の蛮行
http://www.incl.ne.jp/ktrs/aijapan/2001/06/010607.htm

パキスタンに住むハザーラの女性たち
厳しい「女性隔離」社会に生きるアフガニスタン難民女性の現状(クエッタ


モンゴル族の迫害
http://www.hurights.or.jp/newsletter/J_NL/J_NL_19/No.19_7_00055.htm

タリバンの過酷な女性迫害

パキスタン辺境の悲惨


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